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のろ-げんじょう ―げんぢやう 【野呂元丈】
(1693-1761) 江戸中期の本草学者・蘭学者。伊勢の人。医学修業のかたわら、稲生(いのう)若水らから本草学を学び、諸国を実地調査。江戸参府のオランダ商館員の協力を得て本草書を解読、「阿蘭陀本草和解(おらんだほんぞうわげ)」を著した。
江戸人物事典 |
野呂 元丈 (のろ げんじょう)
| 1693〜1761 (元禄6年〜宝暦11年) |
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【学者】 西洋本草学を学び、蘭学興隆の基礎を築く。 |
| 本草学者。伊勢国生まれ。京都で中国本草学の大家稲生若水に本草学を学ぶ。1740年、将軍吉宗の命を受けてオランダ語を学び、西洋本草学を質疑した。これは、経済と流通機構の発達により、幕府が殖産開発策として、本草学に力を入れたためである。青木昆陽とともにオランダ書籍の解読をし、蘭学興隆の基礎を築いた。 |
年(和暦) |
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| ●1698年 (元禄11年) | ■江戸大火(勅額火事) | 5才 |
| ●1702年 (元禄15年) | ■赤穂浪士討ち入り | 9才 |
| ●1703年 (元禄16年) | ■江戸開府100年 | 10才 |
| ●1705年 (宝永2年) | ■御蔭参り流行 | 12才 |
| ●1707年 (宝永4年) | ■富士山噴火 | 14才 |
| ●1718年 (享保3年) | ■御蔭参り流行 | 25才 |
| ●1719年 (享保4年) | ■相対済し令 | 26才 |
| ●1720年 (享保5年) | ■江戸大火 | 27才 |
| ●1720年 (享保5年) | ■江戸町火消しいろは組を設置 | 27才 |
| ●1722年 (享保7年) | ■小石川養病所設置 | 29才 |
| ●1732年 (享保17年) | ■西日本に蝗害 | 39才 |
| ●1742年 (寛保2年) | ■公事方御定書制定 | 49才 |
| ●1744年 (延享元年) | ■神田に天文台設置 | 51才 |
人物名 |
年齢差 |
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| ・神尾 春央 | 1687年〜1753年 (貞享4年〜宝暦3年) | +6 |
| ・青木 昆陽 | 1698年〜1769年 (元禄11年〜明和6年) | -5 |
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野呂元丈
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/04/04 14:02 UTC 版)
野呂 元丈(のろ げんじょう、元禄6年12月20日(1694年1月15日) - 宝暦11年7月6日(1761年8月6日))は、江戸時代中期の本草学者。日本における蘭学の先駆者とされる。本姓は高橋、名は実夫。通称は源次。連山と号す。野呂三省の養子。
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