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解離性同一性障害
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/08 02:30 UTC 版)
(イマジナリーフレンド から転送)
解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい、略称はDID)は、解離性障害のひとつで、多重人格と云われるもののアメリカ精神医学会・精神疾患の分類と診断の手引 (DSM-IV-TR)での正式名である。
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- ^ 岡野憲一郎は、解離による防衛は一時的なものであり、葛藤を棚上げするために、その後の精神病理についてはむしろ悪影響を及ぼす、あるいは防衛にもリスクファクターにもなっていない、という近年の様々な見解を紹介したあとで、「解離はなかば失敗した不十分な防衛という考え方が一番妥当」としている(岡野憲一郎2011 pp.62-64 )。精神療法35-2 pp.144-148 でも岡野はその問題を論じている。
- ^ パトナムは空想と解離は、慢性的な外傷的状況、あるいはストレス状況におかれた子供にとっては唯一の実行可能な逃避行であると述べている。(パトナム1997 p.348)
- ^ 1993年に、翌年刊行されるDSM-IVで「解離性障害」担当委員会の議長スピーゲル (Spiegel,D.) が、「多重人格障害(MPD)」から「解離性同一性障害(DID)」への名称変更について述べた言葉。 岡野憲一郎も2009年の『新外傷性精神障害』(p.137 )でもこのフレーズを用いて両者つまり「人格を多く持ちすぎること」と「(健全な )人格を一つも持てないこと」との理解の違いは臨床上重要だと述べている。
- ^ 岡野憲一郎編2010 p.260。[注1]で岡野憲一郎の「解離はなかば失敗した不十分な防衛という考え方が一番妥当」という意見を紹介したが、そこでも「なかば」である点に注意。 DID患者は「統合」に対して、「なかば」成功している部分を手放すことに抵抗するし、「統合」が果たされたあとも、それまでは経験したこののない「全てのことを自分で引き受けなければならない」ということに苦闘する。
- ^ a b ジェフリー・スミス2005 pp.311-312。ジェフリー・スミス (Smith. J.) はこの交代人格を隔てるこの壁こそがDIDの本質なのだとしている。
- ^ 戦争映画の潜水艦や軍艦の扉をイメージすると良く判る。 船底などに魚雷で穴があいでも、その区画に例え人が残っていても閉じてしまい、艦の沈没を防ぐ。
- ^ その中の「外的影響力」には子供時代では「矛盾する親の欲求や強制力のシステム」、診察時点では「メディアと印刷物」「(治療者の )面接技法の誤り」まで雑多な要素を含んでいる(安克昌 (1997) 「解離性同一性障害の成因」『精神科治療学』第12巻9号 -『精神科治療学論文集』 1998 p.83 )。
- ^ ただし普通の人間や、外傷被害者一般でも、被催眠性尺度と解離性尺度の間の統計的関係は薄い。 パトナム (Putnam,F.W.) の研究では、外傷例の中には被催眠性尺度と解離性尺度がともに高い一群があったが少数派であるという。 その少数派は、近親姦の開始時期が早く、また加害者の数が格段に多かったという(パトナム1997 pp.184-185 )。
- ^ 通常この第二因子の「要因」としてイメージされるのは「a.性的虐待、b.身体的虐待」であるが、詳細に読むと、続いて「c.心理的虐待、d.家族の要員」なども同じ「通常報告される外傷」に含まれている。 更に「通常報告されるもの(虐待やいじめ )以外の、最初の分裂に関わる特定トリガー」として「a.重要な他者の死や喪失、b.愛する人とは関係の無い他人の死に遭遇、c.自己の生存や一貫性に対する重大な威迫(「持続する強烈な痛み」その他 )」などとあり、児童虐待だけでなく、死別、家族内葛藤、身体病なども重大な外傷体験としてとりあげられている。(安克昌 (1997) 「解離性同一性障害の成因」『精神科治療学論文集』 1998 p.83 )。
- ^ もちろんクラフト (Kluft,R.) 四因子論の第一因子(「解離の資質」として後述)のように生得的な資質も影響するだろうが、決定的ではない。遺伝については完全に否定されている。
- ^ パトナム (Putnam,F.W.) も「わずかなりともエキスパート性を持ち合わせるようになった人なら、自分がどれほどものを知らないかを痛いほど意識するものだ、・・・生の現実においては、単純主義的な治療モデルが大して役にたつことはない。 」と書いている(パトナム1997p.340 )。
- ^ 『こころのりんしょう』 2009 Q&A集Q5 「解離性障害はどのような原因で起こると考えられていますか?」 (p.215) では(3)と(4)を合わせて虐待とまとめているが、ここでは説明の都合上2つを分ける。
- ^ a b 除反応と同様のものにPTSDの予防法として一時期提唱された心理的デブリーフィング(Psychological Debriefing )がある。 これは災害などの2,3日後から1週間目までの間に行われるグループ療法であり、2 - 3時間をかけて出来事の再構成、感情の発散(カタルシス )、トラウマ反応の心理教育などがなされるものである。
しかし日本トラウマティック・ストレス学会によると、1990年代後半からPDの有効性の問い直しを迫る論文があいつぎ発表され、Rose S, Bisson J, Wesley S: Psychological debriefing for preventing posttraumatic stress disorder(PTSD)(Cochrane Review). In: The Cochrane Library, Issue 4. Oxford: Updated Software; 2002. では「デブリーフィングは心理的苦痛を緩和することも、PTSD発症を予防することもない」「トラウマ犠牲者・被災者への強制的なデブリーフィングはやめるべきである」と云われている。 デブリーフィングを受けない自然経過で予想以上に被害者のPTSD症状の改善が見られ、個々人やそれを取り巻くサポートの持つ自発的・自助的な回復力が改めて見直されてきている。
2001年の厚生労働省 災害時地域精神保健医療活動ガイドラインにもこうある。 「一般に、体験の内容や感情を聞きただすような災害直後のカウンセリングは有害であるので、行ってはならない。 ・・・その効果は現在では否定されており、国際学会や米国の国立PTSDセンターのガイドラインでも行うべきでないと明記されている。 心理的デブリーフィングを行うと、そのときには良くなった感じが得られるのだが、将来的にはかえってPTSD症状が悪化する場合さえある。 現在でも、こうした古い考えに基づいた援助が提案されることがあるが、行ってはならない。」 - ^ 「座談会-解離性障害によりよく対応するために」 『こころのりんしょう』 2009 p.271。柴山雅俊『解離性障害』 p.13.の冒頭の「症例エミ」も虐待もネグレクトもない家庭環境である。
- ^ 「精神的・心理的暴力(いじめ )」の部分は原著ではpsychological or mental harassment (原著p.38 )。
- ^ 柴山雅俊『解離性障害』 2010 pp.73-79。「症例K 初診時33歳女性」によくあらわれている。
- ^ 柴山雅俊2007 pp.116-118。両親の不仲が自傷群では約 8割にも登るに対し非自傷群ではその半分である。 また学校での持続的ないじめの経験は同じく約 7割対約 4割である。 両方経験している者が自傷群の半数以上ということになる。 両親の離婚、両親からの虐待はともに自傷群で約 4割、非自傷群ではやはり半分である。 性的外傷体験は約3.5割対約 2割で差は縮まり、家庭内での性的外傷体験は無かったとする。 親のアルコール中毒、母子分離、交通事故、暴力などは両群であまり差は無かったという。
そして「私の体験では、解離の中でも解離性同一性障害(DID)における性的外傷体験の割合が特別高いわけではなく、日本では北米に比較して、性的外傷体験は少ないことは確かだろうとしている。
なお、解離性障害と解離性同一性障害(DID)のそれぞれが受けた虐待等の統計的報告は後で「日本での報告」にあげる国立精神・神経センター病院での白川美也子の2009年の報告が知られるが、そこでも解離性障害全体112人と、DID 23人のデータを比較するとほとんど有意差は無い。 - ^ 柴山雅俊2010 p.221。中でも性的虐待はその点でもっとも際だっているとする。
- ^ これは北米での近親者からの児童虐待・性的虐待でも同じである。 深刻なことはこうした関係は遺伝はしないが伝染はするということである。 子どもを虐待する親は、本人自身が更にその親から虐待されていたか、あるいは十分な愛情を感じとれなかった場合が多い。
- ^ 1991年にはリン(Lynn,S.J.)とルー(Rhue,J.W.)の、高い催眠感受性を持つ対象者は低い傾向の人と比較すればより高い空想傾向を持ってはいるが、催眠感受性と空想傾向の間の相関はわずかであり、高い催眠感受性を持つ対象者の大多数は空想傾向であるということはできないとする研究もある(岡田他2004 p.154 )。
またパトナム (Putnam,F.W.) の1997年には「催眠と解離との関係はほとんどない」と述べ、クラフト (Kluft,R.) の四因子論にみられるような「外傷-自己催眠仮説」「解離連続体仮説」から離散的行動状態モデル (discrete behavior states) つまり病的解離モデルにシフトしている。
それらを重ね合わせると、「空想傾向」と「催眠感受性」は必ずしもイコールではないが、両方とも兼ね備えた一群があるということになる。 - ^ リン(Lynn,S.J.)とルー(Rhue,J.W.)そしてグリーン (Green,J.P.) は1988年に「空想傾向が虐待や心的外傷 (trauma) のエピソード以前から発達していたのか、その後に発達させたかについては定かではないが、過酷な子ども時代の環境が空想傾向と結びつくことによりその個人が後に多重人格と診断される可能性が増大するのであろう」と述べている(岡田他2004 p.154 )。
- ^ 国内では小塩真司らによる研究もあり、レジリエンスは「新奇性追求」「感情調整」「肯定的な未来志向」の3因子で構成され、また苦痛に満ちたライフイベントを経験したにも関わらず自尊心が高い者は、自尊心が低い者よりもレジリエンスが高いとする(小塩真司2002 pp.57-65 )。
- ^ ここでは専門用語としてではなく、一般用語として用いている。 解離理論での専門用語としては解離性障害の「ホームズの「離隔」と「区画化」」を参照されたい。
- ^ 例えば町沢静夫2003 p.34 でその体を支配している交代人格はあくまで交代人格、8年間眠っている元々の人格を主人格と呼んでいる。 ただしここまで来ると本来の人格と交代人格との差はほとんど無くなる(柴山雅俊2010 p.137 )。
- ^ 例えば先のオクスナムの事例がそれである。
- ^ 岡野憲一郎2007 p.49。例えば有名な症例の中では 『イブの3つの顔』の中のイブ・ホワイト、 『失われた私(シビル )』の中のシビル本人、 『17人の私』のカレンなどがそうである。 『多重人格者の日記』のボブはそうでは無かったが。
- ^ 「重要な個人的情報の想起が不能であり、普通の物忘れで説明できないほど」(DSM-IV-TRの定義 )であれば、治療者はDIDを疑うが、別人格が確認できなければ解離性健忘と診断される。
- ^ 事件・トラウマの記憶、感情を別人格に切り離すことによって、主人格守ってきた現れと解釈されている。
- ^ 大矢大 「<生き残る>ということ」 『こころのりんしょう』 2009 p.352。こちらは逆に、その事件によって失われかねない子供の無垢な心を守るために切り離したと思われるケースである。 大矢大が報告した2歳の交代人格を本人は「生まれ変わりたい、育てなおされたい願望」の現れと自ら位置づけている。 似たような例はオクスナムの別人格「子供ボブ」である(ジェフリー・スミス2005 p.311 )。
- ^ 普通の感覚では信じられないが、普通人間は脳から抑制がかけられていて100%の筋力は出せない。 オリンピック選手でもそれは変わらない。 瞬間的にでも出せば筋線維を激しく損傷する。 その脳からの抑制が解除されて100%に近い最大筋力が発揮される。 「火事場のクソ力」などと言われるものと同じである。
- ^ 普通の人間が見ると全く別人の文字に見えるが「多重人格概念の復活」で後述する『イブの3つの顔』のケースではセグペン (Thigpen, C.H.) は陸軍の犯罪調査研究所に鑑定を行ってもらっている。 それによると熟達した鑑定者が精密に調査では同一個人によって書かれたものであることは一点の疑いがないが、ただし筆跡を偽ろうとする意図的な痕跡は発見できないという報告をうけている(セグペン1957 pp.174-175 ) 。
- ^ 「多重人格概念の復活」で後述する『失われた私(シビル )』のシビルは美術を専攻していたが、画風は人格毎に異なり、統合されるに従って画風も変化している。
- ^ パトナム1984 「多重人格障害の精神生理学的研究-その総説」『多重人格障害-その精神生理学的研究』1992 収録 p.12。1983年の古い調査だが、臨床医の1/3が担当患者の人格間で利き腕の逆転を、患者の半分ほどに同じ薬物に対する異なった反応を、1/4にはある人格だけのアレルギー反応を観察したという。
- ^ 一部には精神科医に不信の念を抱く者もいるが、これは1990年代には多くの精神科医はDIDを知らず、または懐疑的で、統合失調症や境界性パーソナリティ障害と診断しがちであった為である。 現在では公然とDIDを否定する意見は影を潜めたが、古い世代の精神科医にはその傾向はまだ残っている。 またDIDとの診断は行えても、治療経験が無いことから治療を断る病院も多いという(岡野憲一郎2011 pp.162-163 )。 ただし2010年前後には精神科医や臨床心理士向けのテキストも充実してきており、それに取り組む治療者は確実に増えてきている。 『多重人格者-あの人の二面性は病気か、ただの性格か』とか『わかりやすい「解離性障害」入門 』の巻末には「多重人格の治療はどこで受けられるか」「対応可能な機関一覧」がある。 大学病院の精神科にも解離性障害の専門医がいる可能性が高く、あるいはそこから専門医を紹介してもらえる可能性も書かれている。
- ^ 柴山雅俊2007 pp.13-25 の「症例エミ」のケースが解りやすい。
- ^ ジェフリー・スミス (Smith. J.) は 「われわれは恐怖や苦痛にに満ちた出来事の衝撃を柔らげるために共感的な繋がりを活用する。 他者と再び繋がることができるという希望だけでも、トラウマの衝撃からわれわれを守るに十分となることがある。 ・・・ほんの少しでも他人に知って貰える機会があるだけで、感情的損傷に対処し、これを回避する能力は強化されるのである」と述べている(ジェフリー・スミス2005 p.310 )。
- ^ 柴山雅俊2010 p.198。柴山は前著『解離性障害』2007年にもほぼ同じ10項目であげている。
- ^ 岡野憲一郎2011 pp.179-180。ロス (Ross,C.A.) の治療ステップは服部雄一1998 p.145 に「人格システムの構成図をつくること」とあるのがマッピングのことである。 この服部雄一の本が出版されたときには既にロス (Ross,C.A.) は方針を変えていたことになる。
- ^ 次章「除反応かレジリエンスの強化か」および「親達の反撃・虚偽記憶」でも1997年がひとつの区切りであることを見てとれる。
- ^ 岡野憲一郎2009 pp.238-243。「環境も整え」とは、屈強な看護師を待機させ、外来の場合には最初の1/3をそれに充て、かつ患者に付き添いの人を同伴してもらうなども含む。 岡野は「患者が除反応のあと解離状態のままクリニックを出て、道にふらふらと飛び出して事故などに遇いはしないか、などという懸念は現実的なものである」と述べている。
- ^ パトナム (Putnam,F.W.) は自分のDID患者との面接時間は90分であり、特に除反応を行うときは50分では短かすぎるとしている。 しかし日本の精神科での診療時間で90分もかけられる病院はまず無い。長くても30分ぐらいである。 心理療法士による保険対象外のカウンセリングでやっと50分ぐらいというところである。
- ^ 一丸藤太郎 (2003) 「解離性同一性障害概念の検討と心理療法」『臨床心理学』 3-6 p.811、大矢大 (2009) 「心的外傷と解離」 『精神療法』35-2 p.166。大矢大は「外傷性精神障害を疑った際は、安全を確立することを取り敢えずの目標にすることが大切である。治療が進み、安心感を確立できれば自ずと外傷は語りはじめられる」という。
- ^ 『解離』(1998年 )の副題は「若年期における病理と治療」であり、児童・青少年に関してはとの保留付きであるが、除反応を治療技法として用いることに反対を表明し、治療の根本は自然回復力が発揮されるのを援助することであって「重視すべきことは、自己統御、感情と衝動の調整、行動の統合、意識と自己の表象との統一の強化」であるとしている。 細澤 仁は「パトナムの病理理解が発達論に傾いたことからの論理的必然であると思われる」とコメントしている(細澤仁2008 p.40 )。
- ^ 細澤仁2008 p.190。ただしここまで言い切る治療者は細澤以外にはあまり居ない。 細澤のユニークな精神分析的治療論を要約することは難しいが、簡単に云えば患者自身の治癒力を高めることで症状は改善し、結果として交代人格は統合されてゆくとする(細澤仁2008 pp.62-63 )。 細澤仁は交代人格を区別しそれぞれの名前で呼ぶこともしない。 ただし、交代人格をそれぞれの名前で呼ばないことが全ての場合において良いことなのかどうかについては異論もある。交代人格が自分の存在を無視されたと感じれば逆効果となりうる。
- ^ 直接的には発達論的精神病理学への接近(パトナム1997 pp.13-16 )なのだが、愛着理論 (Attachment theory) も同じ流れにある。
- ^ 柴山雅俊は2010年の『解離の構造』の最後の章「解離の治療論」をこう結んでいる。 ”解離性障害の治療において重要なことはたんにひとつの人格にすることではない。 必要なことはそれぞれの魂が「包まれる」とともに「つながり」を回復してゆく課程であり、それによって〈むすび〉すなわち生成する生命の力を奮いたたせることにある”。 「むすぶ」ということばは「つつむ」(=掬ぶ )ことと「つなぐ」(=結ぶ )ことの両義を持ち、神道では「産霊」を〈むすび〉と読む。 「むす」は「産す」「生す」であり「ひ」は霊力のことである。 従って柴山のいう「むすぶ」とは単に人格を結合することではなく、鎮魂の意味も込めている。 何を鎮魂するのかというと「ネガティブな心的内容」を受け持った、心的外傷をひとりで抱え込んだ「切り離されたわたし」「身代わり部分」としての別人格である。 誰がというとそれは治療者でありパートナーや家族であり、そして何よりも身代わり人格によって助けられていた本人自身によってである。 それによって身代わり人格はその存在意義を認められ、尊厳を回復して止まっていた時間が動きだし、記憶をみんなで分かち合うことに目を開く。
- ^ パトナム1989 pp.412-413。ロバート・オクスナムの事例でも母親の死という精神的ショックに際し、統合されたはずのトミーや魔女が再び姿を現している。一時的なもので済んでいるが。
- ^ 岡野憲一郎監修2009 pp.11-12。本明寛が『あなたに潜む多重人格の心理』で述べた内容はほぼ正常な範囲である。 それは多面性であって多重人格 (MPD=DID) ではない。
- ^ パトナム1997 pp.245-246、柴山雅俊2007 p.128、白川美也子「子供の虐待と解離」『こころのりんしょう』 2009 p.301。イマジナリーフレンドの周辺にはヌイグルミや人形などを擬人化して対話するケースもある。 なおパーセンテージは報告により異なる。 多い方では白川が正常児に20 - 60%、解離性障害の子供には42 - 84%とする。
- ^ DAM-IV-TR「特定不能の解離性障害」での定義
- ^ DESを用いて解離連続仮説を説いていたパトナム (Putnam,F.W.) 自身が離散的行動モデルに移行している。 解離性障害の「スクリーニングテスト」にあるDESからDES-Tの導出が典型的である(細澤仁2008 p.35 )。
- ^ DAM-IV-TR全般で障害と見なすものの一般的理解。 ただしDSM-IV のDIDについての定義の中にはこの条件はない。 厳密に言えば、統合が完全に済まなければ、記憶が共有できても、本人(達 )がなんら苦痛を感じず、社会生活上の困難が無くなっても、いつまでも「障害」であることになる。 DIDの最後の「D」は「障害」の意味である。 しかし現在では多くの治療者はこうした立場をとらない。 また最終決着ではないものの、DSM-5での試案ではこの条件が加えられている。
- ^ 柴山雅俊2010 pp.165-175。 ただし注釈はこちらで付けている。 順番も1 - 3が「幻聴」、4 - 6が「思考過程の障害」、7は感情、思考、行為、または意志、感情、欲動の「させられ」とまとめている。 最後の8と9はDIDでは基本的にみられないものである。 「幻聴」「思考過程の障害」「させられ」について統合失調症とDIDの差を柴山雅俊は同書で述べている。 「させられ」を「感情」「思考」「行為」に分解すると11になる。
- ^ ブロイラー (Bleuler,E.) の説明の中にはこうある。 「私は早発性痴呆をschizophrenieと呼ぶが、それは異なる心的機能の多少なりとも明確なスプリッティングを目の当たりにする。 もし病気が顕著であるならば、人格は統合を失う。 ・・・ひとつの複合が人格を支配し、ほかの考えや動因によるグループはスプリットオフされ一部が、あるいは完全に無力化されてしまうのである(Gainer,K 1994 : Dissociation and Schizophrenie :an historrical review of conceptual development and relevant treatment approaches.Dissociation 7,261-269 より岡野訳。 岡野憲一郎2007 p.87 )。
- ^ 岡野憲一郎2007 p.191、柴山雅俊2007 pp.150-152。やっかいなことは、数は少ないものの併発しているケースもあることである。
- ^ 1980年代には北米の多くのDID研究者が抗精神病薬を用いた場合に、高い確率で有害な副作用をもたらすことを発表している(西村良二2006 p.111 )。
- ^ DSM-III-Rの時代であるが、1984年のホルビッツ (Horevitz. R.) とブラウン (Braun. B.G.) の調査によればDIDの7割はBPDの基準も満たしてしまうとする。 ロス(Ross,C.A.) らの1989年の調査でも同様の結果が出ている(岡野憲一郎2009 p.145 )。
- ^ 柴山雅俊2010 p.197。ただし柴山雅俊は「少なくとも攻撃的で衝動的な交代人格の存在が推定されるケースでは抗うつ薬の選択は慎重にすべきであろう」と述べている。
- ^ ハーマン1992 pp.186-191、岡野憲一郎2009 p.122、西村良二2006 p.97。DSMは現在のDSM-IV-R からの改訂作業中であるが、DSM-5試案ではPTSD関連を「不安障害」から独立させて、「解離性障害」とも別の「外傷とストレッサー関連障害」という分類を新設する方向で検討されている。
- ^ 現在の草案(2011.11.14 確認 )でもっとも大きい点は B.の「(人格の )少なくとも2つが反復的に患者の行動を統制する」という項目が無くなっていること。 及び「社会的、職業的、または他の重要な領域における機能に、臨床的に重要な苦痛、または障害を引き起こす」という他の障害に一般的に付けられている条件が「検討中」ながら加わっていることである。 DSM-IVで「解離性障害」担当委員会の議長であったスピーゲル (Spiegel,D.) らが2011年に提案した「DISSOCIATIVE DISORDERS IN DSM-5」によると、DIDについての議論の焦点は特定不能の解離性障害との間の仕分けである。 DSM-5の正式版がリリースされ、それに合わせて本稿が改訂されるまではアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)のこちらのページを参照されたい。
- ^ つまり「人格 (personality)」と言われていたものが「人格または人格状態 (personality or personality states)」と薄められ、更に「同一性または人格状態 (identity or personality states)」となって「人格 (personality)」という表現が無くなっている。 「人格状態 (personality states)」は「人格のごとき状態」であって「人格」ではない。
- ^ 実はこの名称変更に裏にはDSM-IV 編集時の確執があったという。 アリソン (Allison,R.) によればDSM-IVの検討メンバーの中に「多重人格症の存在を疑う人達」が居て、その主張が「一人の人にはひとつの人格が原則である」というものであったという。 それらのメンバーの意見の一部を取り入れ「多重人格」という言葉を避けて解離性同一性障害という名称を用いることで政治的決着を見たらしい(岡野憲一郎2007 pp.33-34 )。
- ^ ここでの「同一性」は、エリクソン (Erickson,E.H.) が「同一性拡散」という場合の「同一性」とは別物である(西村良二2006 p.100 )。 障害名の理解としては上記で十分である。 更に英語と日本語の翻訳の誤差というものもある。 personalityにはいくつもの意味がある。 そのひとつが「人間であること、人間としての存在」であり、ロス (Ross,C.A.) が「一人の人間が複数の人格を持つことはあり得ない」というときの「人格」の意味はこれである。 しかし「個性、性格」の意味の方が辞書では上位であって、「a personality test」は性格検査であり、「a television personality」はテレビタレント、「personality journalism」はゴシップジャーナリズムである。 これを「人格検査」「テレビ人格」「人格ジャーナリズム」と機械的に直訳すると訳がわからなくなる。 一方「identity」は「同一人であること、本人であること、正体、身元」「独自性、主体性、本性、帰属意識」である。
- ^ 問題は b)であり、DIDの定義では「C. 重要な個人的情報の想起が不能であり、普通の物忘れで説明できないほど強い」の部分である。 主人格と交代人格が互いの存在を知っている場合などは「重要な個人的情報の想起が不能」とはならず、よってDIDではないということになる。 次期改訂版(DSM-5)ではこの問題をワーキンググループで検討中ということだが、どう決着するのかは不明である。
- ^ ICD-10の作成時のDSMはIII-Rだったので、その時点では同期は取れていた。
- ^ 下記以外にも様々な解離性尺度があり、田辺 肇 (2007) 「解離性の尺度と質問紙による把握」『精神科治療学』 22-4 p.401 )に紹介されている。
- ^ だだし、岡野憲一郎はフロイト(Freud,S.) の関心は性的な外傷により動かされる性的欲動にあったのであって、彼がよってたつ理論はあくまでリビドー論であり、それと連動した抑圧理論であった。 だから「誘惑理論」の頃でさえ、同じ「外傷」を扱ったとしても両者の関心は正反対であったとしている(岡野憲一郎2011 p.52 )。
- ^ 最近は完全に「誘惑(外傷)理論」を放棄していた訳ではないとも云われているが、しかしそれも再発見されるまでは精神分析の世界では忘れ去られていたのは確かである。 なおこの「誘惑」つまり実際にあった性的外傷か、それとも「欲動」想像の産物なのかという問題は精神分析の世界を離れた現実の場で再燃するのが「虚偽記憶」問題(後述)である。
- ^ 邦題は『ミス・ピーチャム あるいは失われた自己』。 なおこの概要は1900年にパリで開かれた国際心理学会において「多重人格の諸問題」というタイトルで発表されている。
- ^ 相変わらず非常にまれであるか、あるいは催眠術による人工的なもの、つまり医原性のものと考えられていたようである(西村良二2006 p.98 )。 ただし悪いのは当時の精神医学界での評判だけでなく、後の時代の治療者達も誰ひとりこの本を褒めない(イアン・ハッキング1995 p.51 )。
- ^ なお『失われた私(シビル )』ではシビルは治療を終え教職を得てウィルバー (Wilburn,C.B.) の元を離れたことになっており、「物語」の最後は「私は彼女の物語がハッピーエンドで終わったことが嬉しかった」と結んであるが、ここは事実ではない。 シビルは本名をShirley Arbell Mason という。 結婚もぜず古い友人や家族とも接触を断って、人目を避けてウィルバー (Wilburn,C.B.) の家の近くで暮らし1998年に亡くなった。 ウィルバー (Wilburn,C.B.) はシビルの支えになり、1992年に亡くなったときには遺産の一部をシビルに残している(鈴木茂2003 p.83 その情報源は「Unmasking Sybil」In Nwesweek Magazine Jan 24, 1999 である )。 。
- ^ 一般的には「多重人格」のドキュメンタリーとして有名であるが、日本国内では、自己顕示欲が強く、周りの者を思うがままに操作している処などむしろ人格障害とアレキシサイミア(失感情症 )の合併症ではなかろうかという意見もある(酒井和夫1995 p.104 )。
- ^ 西村良二2006 p.99。同事件の精神鑑定書は事実上3つあり、1つが「極端な性格の偏り(人格障害 )」(鑑定者6名 )、2つ目が「離人症およびヒステリー性解離症状(多重人格 )を主体とする反応性精神病」鑑定者2名 )、3つめが「精神分裂病(破瓜型 )」鑑定者1名 )である。 しかし判決では「性格の極端な偏り(人格障害 )以外に精神病的な状態にあったとは思われない」と明確に否定していることはあまり知られていない。 またヒステリー性解離症状との鑑定を行った学者も交代人格に出会ってはいない。 DSM-IV-TRの定義ではDIDの診断は交代人格の存在の確認をもってなされる。 そのためには精神科医(または臨床心理士 )が交代人格と出会う必要がある(細澤仁2008 p.17 )。 次ぎに第1次精神鑑定の段階で拘禁反応が観察されているので、更にその2年後の第2次精神鑑定がどこまで正確に出来るものかを考慮する必要があるとの指摘もある(酒井和夫1995 p.128 )。
- ^ 舛田亮太と中村俊哉が1995年から2004年の間に学会、あるいは専門誌で発表された事例の中から十分な情報が得られるものを選んで集計したものである。「特に報告無し」は、「一時的ストレス型」と「持続的ストレス型」の合計。岡野憲一郎の「関係性のストレス」は2004年当時には提起されていなかったので、現在であればそう呼ばれたケースもここに相当含まれていることになる。 (一丸藤太郎 「解離性同一性障害(多重人格障害)」 『精神科臨床リュミエール』 2009 pp.123-124 、舛田亮太、中村俊哉 「近年の国内における解離性同一性障害の分類について/一時的ストレス型DIDの心理臨床的研究」 『心理臨床学研究』25巻4号 pp.476-482 )。
- ^ 柴山雅俊2007 p.117。なお調査対象はDIDを含む解離性障害者であり、数字は何割との表記を%に改めた。 なおDIDと解離性障害の原因を比較できるものは白川美也子の2009年報告だけであるが、それを見るかぎり両者の間に有意差はない。
- ^ a b 性的虐待は家庭内・家庭外とも、解離性障害全体の中で他よりもDIDの方が少ないという結果になっているが、標本数の少なさから有意差は無いと見るべきである。
- ^ 一丸藤太郎が1996年に始めてDIDに出会ってから、2009年までの間に自身が心理療法を行ったり、スーパービジョン(簡単に云えば心理療法実施者への指導)の中で十分な情報が得られた19人の集計。(一丸藤太郎 「解離性同一性障害(多重人格障害)」 『精神科臨床リュミエール』 2009 pp.123-124 )。
- ^ 服部雄一1998 p.191、細澤仁2008 p.21。北米以外ではブーン(Boon,S)による1993年のオランダの統計報告があるが以下とほぼ同等の傾向にある。
- ^ この記憶は流産のあと心理療法を受けていたとき、催眠によるトランス状態の中で想起されたものである。 Michelle Smith & Lawrence Pazder 「Michelle Remembers」 Congdon and Lattes,1980。 同書は邦訳はされていないが、ローレンス・ライト1994 p.101 に同書についての記述がある。
- ^ 「Satanic-Ritual Abuse」を検索すると、アメリカではこの手の番組が今も繰り返しテレビで放送されていることが判る。 ポール・イングラム一家も家族でこの手の番組を見ていた。
- ^ 原題「癒す力(The Courage to Heal)」、邦題『生きる勇気と癒す力―性暴力の時代を生きる女性のためのガイドブック』、「近親相姦を思い出す運動のバイブル」ともされ、著者のエレン・バス(Bass, E.) とローラ・デイビス (Davis,L.) は詩人と短編小説家であり臨床心理学を修めた臨床心理士(clinical psychologist)ではない。 しかし両者とも「記憶回復のワークショップ」を運営している。
- ^ 偽記憶症候群財団の調査では親を告訴した者の90%は女性でそのほとんどが『生きる勇気と癒す力』を読んでいる。 ちなみに一人っ子はわずか2%で平均は3.6人である。 75%のケースでは他の兄弟姉妹は告発内容を信じなかったという(ローレンス・ライト1994.p.222 )。
- ^ ローレンス・ライト1994。キリスト教ペンテコステ派のある一派の牧師がほとんど集団睡眠状態の中で「この中に性的虐待を受けた人間がいる」と透視したことから、信者たちは「それは私のことだ」と次々に告白し始めた。 ポール・イングラムはそうした二人の娘から告発される。 娘たちはこの村に悪魔崇拝のカルトの拠点が存在するとまで主張した。 ポール・イングラムは娘達からの告発を聞いて、そうだったような気がしだして自白してしまうという冤罪事件である。 親子ともに暗示にかかりやすく解離傾向にあったのだろうとされる。
- ^ 自分を性的虐待していた父親が自分の友達もレイプした後に殺した記憶が蘇ったとして父親を告発した事件である。 検察側証人となったレノア・テアが『記憶を消す子供たち』でその事件を書いた後の1997年に、父親は上告によって無罪となり、逆にレノア・テアは訴えられることになった。(AP通信 )。
- ^ ローレンス・ライト1994 p.206。日本の臨床心理士は大学院で臨床心理学を学んでいることが前提のひとつだが、アメリカのサイコセラピストは病院勤務の場合を除いてそれほど厳格ではなく、州によっては届出だけで良いところすらある(ローレンス・ライト1994 p.207他 )。 『生きる勇気と癒す力』も、先の広告もそれ自体が暗示である。 そうしたセラピスト、カウンセラー達の多くは催眠を行った。
- ^ 精神科医で国際多重人格および解離研究学会(ISSMP&D:現在の国際トラウマ解離研究学会の前身 )の設立メンバーであり、一時期は会長でもあったブラウン (Braun,B.G.) までもが含まれていた。 ブラウン (Braun,B.G.) は1988年の「新たな臨床症候群-幼児期に悪魔崇拝者集団から儀式的虐待をうけたと訴える患者たち」という論文の共著者であり、そこで「悪魔的儀式虐待は真実であるというのが我々の見解である」とし、DIDを患う者の1/4までが悪魔的儀式虐待の犠牲者である可能性があるとしていた(ローレンス・ライト1994 pp.105-106 )。 アリソン (Allison,R.B.) がDIDをめぐる精神医学界内部での三大論争のひとつに「悪魔的儀式虐待論争」をあげているぐらいだから悪魔的儀式虐待(SRA)の存在を信じていたDIDの治療者はブラウン (Braun,B.G.) 以外にも多数いたことになる。
- ^ 現在の国際トラウマ解離研究学会の前身
- ^ イアン・ハッキング1995 p.142。同じ時の学会かどうかは不明だがアリソン (Allison,R.B.) もSRA患者が大量に見つかった大きな精神病センターで開かれた大会に出席したとき、発表者があるタイプの交代人格を「患者が子ども時代に悪魔教の礼拝をされたときに作り出される」と説明していたのを聞いている(アリソン1980 p.257 )。 ISSMP&Dは悪魔的儀式虐待(SRA)の存在を信じるグループと、それに懐疑的なグループの調停をめざして、クラフト (Kluft,R.) を長とする特別調査委員会の設置を決めたが、クラフト (Kluft,R.) は調停は不可能と思ったのかすぐに辞任してしまった(イアン・ハッキング1995 p.147 )。
- ^ アメリカ心理学協会とアメリカ心理学会は、メンバーは多く重なっているが組織としては別物である。 アメリカ心理学会は当初は学術団体であったが、次第に学術団体というよりは職能団体としての色彩が強くなった。 そのため心理学研究者はそれとは別に、アメリカ心理学協会を組織し、2006年1月に科学的心理学会に改名している。
- ^ 実際に先述のブラウン (Braun,B.G.) はイリノイ州専門家管理局から「動物実験で安全性が確認されている量を超える薬物の大量投与」「自説(悪魔的儀式虐待を原因とするDID発症 )を補強する材料にするために、バルガス一家を実験対象として扱った」として処分をうけている。(後述 )。
- ^ ローレンス・ライト1994 pp.107-108。ただし、悪魔的儀式虐待の犠牲者であると申告する者の全てが虐待とは無関係であるといっている訳ではない。 ギャナウエイ (Ganaway,G.K.) も1989年の論文 "Historical versus narrative truth: Clarifying the role of exogenous trauma in the etiology of MPD and its variants." Dissociation,vol.2,no.4 では悪魔的儀式虐待の「背後にあるものは、残酷ではあるがありふれている虐待・・・に過ぎない」としているし、多重人格の信頼性を危うくし「幼児虐待の研究一般を危険にさらす」(イアン・ハッキング1995 p.144 )と考えている。 『17人の私』にはDIDの女性の交代人格の中に悪魔的儀式虐待の記憶を持つ子供がいる。 ただし統合された後にはあの記憶はおかしすぎると本人自身が述べるが。
- ^ 岡野憲一郎2009 pp.145-148。ジュディス・ハーマン『心的外傷と回復-増補版』(1992年 )に増補された「付 外傷の弁証法は続いている」によく現れている。 ロフタス (Loftus,E.F.) は1994年の著書『抑圧された記憶の神話』の冒頭「読者の方々へ」の最後を「本書が子どもへの性的虐待、近親姦、暴力などの現実やその恐怖を否定するものではないことを、心にとめておいていただけるようお願いしたいと思います。これは記憶の論争なのですから。」と結んでいる。
確かにジュディス・ハーマン (Herman,J.L.) とロフタス (Loftus,E.F.) の間では「記憶の論争」であるが、もうひとつの問題を岡野憲一郎が指摘している。 それは「DID概念を推進する人々の背後に読み取ることのできる、ある種の政治的な意図に対する反発もあった。 それは患者を社会における権力や暴力ないしは虐待の犠牲者として規定する方向であり、それは一部のフェミニズムの姿勢に通じるものである」という疑念を持つ者が多くいたということである。(岡野憲一郎2009 p.147 )
「一部のフェミニズム」の代表がジュディス・ハーマン (Herman,J.L.) であるが、しかしDIDに取り組んだ治療者の全てがラディカル・フェミニズムだった訳ではない。 イアン・ハッキング (Hacking, I.) がいみじくも「多重人格運動」と呼んだ動きは、当時注目を集めつつあった「児童虐待」「児童性的虐待」やキリスト教的な「悪魔的儀式虐待の犠牲者発見」の中に自らの存在意義を見いだしたものが多くいたということもある。 キリスト教的なといっても、ファンダメンタルなプロテスタントとそうではない流れではまた異なる。
更に複雑なのはそれがDID対反DIDの対立としてあっただけでなく、DID陣営(ISSMP&D、現在のISS-D )自体を二分していった。 DID治療者のギャナウエイ (Ganaway,G.K.) はロフタス (Loftus,E.F.) に続いて「回復記憶」を反証する催眠実験を行っている。 1991年当時、ISSMPD&Dの会長であったキャサリン・ファイン (Fine,C.) は、悪魔的儀式虐待問題はISSMPD&Dの「不和の種--それどころか、命取りの要素になる可能性も持っている」と述べている(イアン・ハッキング1995 p.144 )。 なお、この対立を「政治的対立」と評した最初の人間はイアン・ハッキング (Hacking, I.) であり、『記憶を書き換える』の15章のタイトルは「記憶政治学」である。
当初FMSFはしばらくはDIDに対する論評を控えていたが(イアン・ハッキング1995 pp.154-156 )、ついにDID治療者も巻き込まれ、FMSFに攻撃されるような事態になる。 先のブラウン (Braun,B.G.) も患者に訴えられた。 FMSFは、ウィルバー (Wilburn,C.B.)の患者の治療記録『失われた私(シビル )』についても全面否定している。 もっともシビルはDIDではないと言い出したのはDIDの専門家スピーゲル'(Spiegel,D.) であり、1995年にボルフ-ヤコブセン (Borch-Jacobsen,M.) のインタビュー )の中で話したことなので、DID治療者対FMSFという単純な構図ではないのだが。 - ^ 最初のDIDクリニックが置かれた病院で、ISSMPD&D年次総会が開かれる本拠地だったという(イアン・ハッキング1995 p.155 )。
- ^ バルガス夫人は産後うつ症状でブラウン (Braun,B.G.) の勤める病院を訪れたが、DIDと診断されて子供二人まで半強制的に入院させられたという。 ブラウン (Braun,B.G.) はバルガス夫人に300もの別人格を「発見」したうえ、夫人が悪魔的儀式虐待を「思い出す」のを助長した(イアン・ハッキング1995 p.155 )。 さらに刑事訴追もされ、ブラウン (Braun,B.G.) は医師免許の2年間停止、アメリカ精神医学会、イリノイ州精神科医協会からの除名処分となっている(The BENNETT BRAUN STORY ( Illinois-Wisconsin FMS Society )。 ブラウンと同様に告訴された事例は榎本博明2009 pp.34-36 や、岡野憲一郎2007 p.35 にも複数あげられている。
- ^ 岡野憲一郎は2000年の『心のマルチ・ネットワーク』(pp.168-173) の中で「偽りの記憶」と催眠に関して例を示したあとでこう述べている。 「偽りの記憶がいかに確からしく当人に感じられるかは、その記憶を植え付けた人がどの程度それに確信をもっていたかによるということです。 ・・・治療者が心から虐待の事実を確信していたばあい、患者もそれに対する確信が増す傾向にあります」と。岡野はこのころ、アメリカでDIDの治療にあたっていた。
- ^ ヤク中の母親がクスリ代欲しさに幼児を男に売っていたと噂されている。父親はいない(パトナム1997 pp.427-428 )。
- ^ ウイルソン(Wilson,S.C.)とバーバー(Barber,T.X.)は1983年の論文で、空想傾向の強い対象者の65%は「全ての感覚モダリティにおいて幻覚的な強度をもつ空想を経験することができ、また85%は(対象群が24%であったのに対して )彼らは空想したことの記憶と実際に体験したことの記憶を混同する傾向がある」としている(岡田他2004 p.153 )。
- ^ パトナム (Putnam,F.W.) は『イブの3つの顔』はDIDを誤解させる書き方をしており、臨床的な特徴を曖昧にした責任がありそうであるとする。 更に「統合に対する非現実的な期待と憶測」とまでいう(パトナム1989 p.54 p.407 )。
- ^ 『存在の深き眠り』もモチーフとして『イブの3つの顔』を忠実に用いているが、しかしイブ本人クリス・コスナー・サイズモアの自伝 『私はイヴ』はネグっている。 自伝によれば『イブの3つの顔』の後に現れた別人格の方が圧倒的に多い。 パトナムの『イブの3つの顔』評はここにも当てはまる。
- ^ 柴山雅俊2007 p.11、p.190、p.95。ロバート・オクスナムの治療を行った精神科医ジェフリー・スミス (Smith. J.) も、オクスナムがDIDと診断された後に『失われた私(シビル )』を読んで自分と多くの共通点があることを報告してきたとににやんわりと諫めている。(オクスナム2005 p.69 )。
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