服部グループの影響
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平野をはじめ、旧陸軍からは多くの軍人が参加したが、旧陸軍の戦争指導に関わり、戦後も復員庁で戦史編纂に関わった服部卓四郎(陸大42期)らのグループは警察予備隊結成前から再軍備に備え、用兵思想に関する研究を行っていた。 服部らが設立したとされる史実研究所の「旧陸軍典令及戦略戦術並に統帥指揮に関する思想中改正又は増補を要する基本事項に就て」のなかでは、旧陸軍の用兵思想を評価しつつも、改正や増補すべき点は少なからずあるとし、謙虚に反省し、誤りを正して新情勢に対応できるような思想を研究した。具体的には、独断専行の観念を是正し、綱領の「独断の項」を削除し、指揮の要訣のなかにある「独断活用」を「自由裁量」に改めるなどを検討していた。これは独断の度が過ぎたこと、独断という字句は誤解を生じやすいこと、独断する状況を極力減らす指揮統帥を強調する必要性等を理由に挙げており、旧軍の独断専行を前提とした分権指揮から、集権指揮へ転換が考えられていた。 また、服部らは終戦までをまとめた大東亜戦争全史を作成しており、海外で翻訳されたほか、後述の西浦進をはじめとした大東亜戦争全史編纂の関係者が防衛研究所で戦史叢書の作成に携わっている。 服部については、警察予備隊創設後、吉田茂をはじめとした反対者によって参加することはできなかったものの、影響力がなかったわけではなく、新たに創設された陸上自衛隊幹部学校の第一回幹部高級課程の戦争指導科目において、服部は「軍令」を教育していた。 それに加え、服部のグループにいた旧陸軍軍人達のなかには自衛隊の教育に携わった者もいる。 その1人が服部と陸士及び陸大の同期で陸大主席、軍務局軍事課長を務めた西浦進(陸大42期)であり、先述の幹部学校第一回幹部高級課程では「軍政」を教育したほか、昭和30年(1955年)から昭和45年(1970年)にかけて陸上自衛隊の兵学教育に関わっていた。西浦自身も「兵学入門‐兵学研究序説」を著したほか、防衛研修所戦史室の初代室長として戦史叢書の作成を主導している。 また、野外令(43年度版)編纂に関わった浅野祐吾(陸大59期)は西浦から直接教育を受けている。
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