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戦争犯罪
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/01 23:03 UTC 版)
(戦争犯罪人 から転送)
戦争犯罪(せんそうはんざい)とは、1945年に国際軍事裁判所条例で定められた犯罪概念で、戦時国際法に違反する行為(交戦法規違反)と戦時反逆罪(作戦地・占領地内における非交戦者による利敵行為)を意味する。- ^ 児島襄『東京裁判(上)』中央公論社、1971年、ISBN 4122009774, 49頁。吉田裕『昭和天皇の終戦史』岩波書店、1992年12月、35頁、ISBN 9784004302575。野村二郎『ナチス裁判』講談社、1993年1月、78頁、ISBN 9784061491328。
- ^ 林博史「BC級戦犯裁判」岩波新書,23頁
- ^ 林博史「BC級戦犯裁判」岩波新書,23頁
- ^ 国際刑事裁判所規程を参照
- ^ 詳細は、2007年の11月30日のエントリを参照。
- ^ 以下、出典「世界戦争犯罪辞典」(編・秦郁彦、文藝春秋)ほか。文藝春秋社における同書解説頁項目名確認可能。
- ^ 萱生【かやう】事件
- ^ 「世界戦争犯罪辞典」(編・秦郁彦、文藝春秋)
- ^ 上東 輝夫「日本軍政期の北ボルネオにおけるアピ事件について」
- ^ トム・ハリソンはイギリス陸軍少佐、南太平洋方面専門の文化人類学者。第二次世界大戦中、搭乗していた爆撃機の不時着でボルネオ島に潜伏する事になったアメリカ空軍兵救出の為、連合国混成の特殊チームを率い同島に上陸。当時、島の原住民達は、日本兵上陸前まで世話になっていたアメリカ人神父達が日本兵に連行され処刑された恨みの敵討ちとして首狩りの習慣を復活させ、村落訪問の日本兵を様々な計略(村の若く美しい女性に全裸になってもらい、待ち伏せの場で日本兵へ性的行為誘惑の歓声を上げさせる等)を用いては不意打ち・殺害しては首切断・干し首加工していた。原住民達とすっかり親しくなったハリソン達は、島上陸の本来の目的であるアメリカ兵捜索・救出のかたわら、彼らの日本兵首狩りに積極的に参加する様になり、多数の日本兵が残虐行為の犠牲者となった。終戦後、ハリソン少佐達の行為は「戦勝国兵とはいえ戦争犯罪ではないのか」という疑念・批判が連合国内でも沸き上がったが、ハリソンはイギリス帰国後、英雄扱いされた。ナショナルジオグラフィックチャンネル製作のドキュメンタリー番組「日本軍への残虐な戦犯(行為)」参照。
- ^ Albert Panebianco (ed). Dachau its liberation 57th Infantry Association, Felix L. Sparks, Secretary 15 June 1989. (backup site)
- ^ 「アメリカ訴訟社会の野蛮と危険性」高山正之による
- ^ なお、ドイツ軍捕虜、枢軸国であったイタリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、フィンランド、大戦初期に併合されたバルト三国・ポーランド東部からも多数の捕虜や政治犯が収容所に収監された。
[続きの解説]
「戦争犯罪」の続きの解説一覧
- 1 戦争犯罪とは
- 2 戦争犯罪の概要
- 3 第二次世界大戦以後
- 4 関連項目
戦争犯罪人と同じ種類の言葉
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