国鉄座席予約システム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/07 01:01 UTC 版)
戦後、国鉄の鉄道技術研究所に移った穂坂はフルブライト・プログラムの第一期生としてMITに留学、ノーバート・ウィーナーとの出会いをきっかけにコンピューターを工学に応用することに関心を持つようになった。帰国後、大野豊ら若手を集めコンピューター技術の応用に関する勉強会を立ち上げた。 鉄道技術研究所の懇親旅行時に座席予約ができず立って乗車することになった穂坂は、車中で座席予約のオンライン化を着想。当時、座席予約は台帳と電話によって人手で管理されており、処理に時間がかかるうえ、人為的ミスが起きやすい仕組みになっていた。 勉強会を母体にして予算を獲得した穂坂は、大野や発注先となる日立製作所と共に苦心の末にシステム化し、1960年に試作機であるMARS1を実用化した。東京大阪間のビジネス特急4列車3600席について14日間分が予約可能になった。 このMARS1は稼働率99.95%という非常に高い信頼性を誇り、現場の業務効率化にも大きく貢献したため、国鉄は全国のかつ複数の業務を対象としたオンラインシステムの開発を指示。穂坂らは大規模かつ汎用性を備えたシステムとしてMARS101を開発しこれも実用化に成功し、その後の国鉄のコンピューターシステム発展の礎となった。 コンピューター自体が国内にほとんど存在しなかった当時に、コンピューターによる業務大幅効率化を着想し、予算獲得、人材育成、ハードウェアやOSの開発、オンラインリアルタイム処理の実現、実用化を行った功績は大きく、後に日本におけるコンピューターの発展への寄与を称えられ、日本人として初のIEEE Computer Pioneer Awardを授与された。
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