古典派時代 [classical music]
古典派時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/07 05:19 UTC 版)
古典派の時代、合奏協奏曲は下火となり、協奏曲は独奏協奏曲が主流となった。円熟期のハイドンや、モーツァルトの頃確立された古典派協奏曲の形式では、第1楽章は交響曲と同様ソナタ形式で作られたが、独奏協奏曲では次のような特徴を持つ。まず、オーケストラのみで第1主題と第2主題が共に主調で提示され、この提示部が反復される際にはじめて独奏楽器が加わる。独奏楽器の加わった提示部では基本通り、長調の曲では第2主題が属調で、短調の曲では平行長調で現れる。また、再現部の後のコーダでは、独奏楽器が伴奏無しで即興で音楽を奏でるカデンツァ(伊: cadenza、独: Kadenz)が取り入れられるようになった。カデンツァでは独奏者は演奏技巧を凝らして「見せ場」を作り、属七の和音を合図にオーケストラが終結部に入る。カデンツァはまた終楽章でも入ることがある。 第2楽章は複合三部形式や時に変奏曲形式、第3楽章はロンド形式あるいはロンドソナタ形式で書かれることが多かった。 古典派の作曲家にとって協奏曲は主要な活動分野であった。作曲と演奏の両方をこなす音楽家が多かったこの時代に、特にピアノ協奏曲の初演は作曲者が独奏楽器を受け持って行われることが意図されたためでもある。モーツァルトは27曲のピアノ協奏曲と5曲のヴァイオリン協奏曲を、ベートーヴェンは5曲のピアノ協奏曲を残している。
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