ヴュルム氷期の終焉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/10 14:17 UTC 版)
「ベルリンの歴史」の記事における「ヴュルム氷期の終焉」の解説
火打石や加工された骨が見つかったことにより、だいたい紀元前6万年ごろにはベルリンの周辺に人間が生活していたということが解明された。同時期に遠く離れた北部ドイツや東部ドイツでは、紀元前7万年から同8000年にわたる最終氷期の氷に覆われていた。ベルリンから南に75キロメートルにあるグローガウ=バールート原流谷(ドイツ語版)(ポーランドのグローガウからベルリンの南に位置するバールート/マルクやブランデンブルク周辺にまで伸びる、氷河の作用でできた渓谷)には、大陸氷河がその南端として広がっていたが、人間が住んでいた集落は氷に覆われていない高地に限定されていた。すべての渓谷の地下に見られるように、融氷水でできた大量の砂の層があることから、およそ18,000年前のフランクフルト期にできたベルリン原流谷(ドイツ語版)にも融氷水が流れ込んだと考えられている。約16,000年前のベルリン周辺の地域には氷が張っておらず、この年代の低地帯にはヴュルム氷期のモレーンが見られる。シュプレー川がベルリン原流谷を流れ、その下流にはマツの生えたツンドラ地帯がところどころにあった。また西側には渓谷や泥炭地が広がっていた。 ベルリンで最も高い山、大ミュッゲルベルク山(ドイツ語版)(標高114.7メートル)のあるミュッゲルベルゲ丘陵地のような丘陵地は氷期にできたと考えられている。バルニム(ドイツ語版)やテルトウ(ドイツ語版)といった台地はシュプレー川が流れはじめたあとに平行して形成された。氷が少なくなってくるにつれて、シカやイノシシといった動物が定着するようになり、一方でトナカイなどは移動していった。その後ヒトが定着し、狩りをするようになってムラを形成するようになった。シュプレー川やダーメ川(ドイツ語版)、ベーケ川(ドイツ語版)沿岸には紀元前9000年紀ごろに鏃や削器、石斧などが見つかり、これらを使った狩猟・漁獲が行われていたと見られている。紀元前7000年紀ごろには狩猟の際のまじない品として仮面が使われていたと考えられている。
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