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ナイル川(エジプト)

ナイル川岸

紀元前500年頃に歴史家によって「エジプトナイル賜物」と言われる位の悠久流れナイル川のデルタ支えられ、古代エジプト紀元前5000年頃より発展してきました。世界最長の川でその全長は6,650km(札幌鹿児島間の約4倍)に及び、ナイル川沿いには、巨大ピラミッドを含む「メンフィスとその墓地遺跡」、ツタンカーメン墓地を含む「古代都市テーベとその墓地遺跡」、古代中心地アスワンなど幾つも壮大な世界遺産があり、訪ねる人を魅了してやみません。



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ナイル川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/19 01:51 UTC 版)

ナイル川
ナイル川
延長 6,650 km
水源の標高 1,134 m
平均流量 2,830 /s
流域面積 2,870,000 km²
水源 ルヴィロンザ川
河口(合流先) 地中海
流域 タンザニアの旗 タンザニア
ブルンジの旗 ブルンジ
ルワンダの旗 ルワンダ
ウガンダの旗 ウガンダ
コンゴ民主共和国の旗 コンゴ民主共和国
南スーダンの旗 南スーダン
ケニアの旗 ケニア
エチオピアの旗 エチオピア
スーダンの旗 スーダン
エジプトの旗 エジプト
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ナイル川アラビア語: النيل‎ (an-nīl)、英語: the Nileフランス語: le Nil)は、アフリカ大陸東北部を流れ地中海に注ぐ世界最長級の河川である。

目次

概要

ナイル川
ナイル川上流部

一般にはヴィクトリア湖が源流だと思われているが、ヴィクトリア湖には多数の流入河川が存在し、一方でヴィクトリア湖からの流出河川はナイル川しか存在しないため、ヴィクトリア湖をナイル川水系に含み、そこに流れ込む河川の長さもナイル川の長さに加算するのが普通である。ナイル川の最上流はブルンジのルヴィロンザ川である。ほかにもルワンダから流れ込むカゲラ川など多くの川が流れこんでいる。

ヴィクトリア湖は赤道直下のサバナ気候であり、降水量も多い。ヴィクトリア湖から下流はヴィクトリアナイルとも呼ばれる。約500km下流に行くとキオガ湖を経てアルバート湖に着く。アルバート湖からはアルバートナイルとも呼ばれる。南スーダンに入り、支流のバハル・エル=ガザル川とノ湖合流し、そこからは白ナイル川とよばれる。このあたりはスッドと呼ばれる大湿原となっており、ここで蒸発して流量が激減する。

白ナイル川はスーダンハルツームで、エチオピアタナ湖から流れてくる青ナイル川と合流する。さらに、ハルツームから約300km下流のアトバラで支流のアトバラ川と合流する。これ以北は完全な砂漠気候であり、ナイル河谷を除いてほとんど人は住まなくなる。エジプトに入ると、アスワン・ハイ・ダムとそれによって出来たナセル湖がある。アスワン以北は古くからの「エジプト」であり、幅5kmほどのナイル河谷に人が集住するようになる。それからさらに北へ流れ、カイロから北は三角州が発達している。三角州はアレクサンドリアからポートサイドまで約240kmの幅を持ち、東のロゼッタ支流と西のダミエッタ支流という二つの主流と多くの分流に別れ、地中海に注いでいる。

その肥沃な流域は世界四大文明のひとつであるエジプト文明を育んだ。古代ギリシア歴史家ヘロドトスは「エジプトはナイル川の賜物」という言葉を『歴史』に記している。ナイル川は7月中旬、エチオピア高原に降るモンスーンの影響で氾濫を起こす。この洪水は上流より肥沃な土壌をエジプトをはじめとするナイル河畔にもたらしていた。この氾濫の時期を知るために世界最古ののひとつであるシリウス暦が作られ、氾濫が収まった後に農地を元通り配分するために測量幾何学が発達した。

19世紀に入り綿花栽培がさかんになると、それまでの浅い水路を掘って洪水時の水をためていたベイスン灌漑方式に変わり、夏運河と呼ばれる通年灌漑用の深い水路が掘られ、通年耕作が可能となった[1]。さらに20世紀には水害を防ぐためアスワン・ダム、アスワン・ハイ・ダムが建設されることで、ナイルの洪水を完全に防ぐことができようになった。しかしアスワン・ハイ・ダムの建設に伴い、貴重な古代エジプトの文化遺産がダム湖に沈む為、遺跡の高台への移動を余儀なくさせられている。また、ナイル川が運んで来る肥沃な土壌が農地に届かなくなったため、肥料の大量投入によって地力を維持せざるを得ない状況となっている。現在、ナイル川下流地域では灌漑による塩害の発生や土砂の流出などに悩まされており、エジプト政府はこの対策をせまられている。

アスワン付近

河川交通

カイロ市内
ナイル川

古代エジプト文明の時代には、エジプト人はナイル河畔に居住していた。その影響力は、ナイル川を河川交通路として利用することにより、現在のエチオピアなど上流部にまで及んでいた。冬季においては季節風を利用し、帆掛舟により、川を遡行することができた。現在でも、ファルーカと呼ばれる帆船が、交通手段として利用されており、観光船の運航も行われている。

このほか、ナイル川の河川交通の難所として知られていた南スーダンのサッド湿地においては、多目的利用のジョン・グレイ運河建設計画があったが、これは政情不安により途中で工事が中止されている。


  1. ^ 『ナイル 地域をつむぐ川』 加藤博 刀水書房 2008年7月1日 初版第1刷  p.42-48
  2. ^ http://www.aber.ac.uk/quaternary/tana/geology.htm
  3. ^ 吉田昌夫『世界現代史14 アフリカ現代II』山川出版社、1990年2月第2版。p.32-33
  4. ^ 『アフリカを知る事典』、平凡社、ISBN 4-582-12623-5 1989年2月6日 初版第1刷  p.309


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