1989年の日本競馬 概要

1989年の日本競馬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/26 02:15 UTC 版)

概要

競馬ブームの到来

年号が平成に変わったこの年、中央競馬に一大ブームが訪れた。 特にブームの牽引役となったのは、オグリキャップスーパークリークイナリワン平成三強と、武豊を中心とする若手騎手の活躍である。 オグリキャップ、スーパークリークは故障のため春は全休したが、その間にイナリワンが武豊を背に天皇賞・春宝塚記念G1を連勝。 秋には3頭が揃い、オグリキャップは新コンビを組む南井克巳を背に産経賞オールカマーを勝ち、さらに毎日王冠柴田政人に乗り替わったイナリワンをハナ差破る。毎日王冠と同日の京都大賞典ではスーパークリークが復帰初戦を飾る。 三強対決の第1ラウンドとなった天皇賞・秋ではスーパークリークがオグリキャップを抑えて優勝。イナリワンは6着に敗れた。 オグリキャップはマイルチャンピオンシップにも参戦して武豊騎乗のバンブーメモリーをハナ差破った[注 1]。翌週の第9回ジャパンカップにオグリキャップは連闘で出走。レースは直線ニュージーランドから遠征の7歳牝馬ホーリックスとオグリキャップの一騎討ちとなり、2分22秒2の日本レコードタイムでわずかにホーリックスが優勝、同タイム首差2着にオグリキャップが善戦。スーパークリークは4着、イナリワンは11着に敗れた。第34回有馬記念はオグリキャップ、スーパークリークの一騎討ちと見られた。直線で沈むオグリキャップを尻目にスーパークリークが抜け出し、優勝と思われたが、イナリワンが追い込んでハナ差スーパークリークを交わして優勝。オグリキャップは連戦の疲れもあったか5着に敗れた。 年度代表馬にはG1を3勝したイナリワンが選ばれ、オグリキャップは特別賞を受賞した。

武豊の活躍

デビュー3年目、この年の3月に20歳になった武豊の活躍はとどまるところを知らず、3月4日には19歳11か月でJRA通算200勝を、11月25日には20歳8か月でJRA通算300勝を達成し、いずれも史上最年少・最速であった。年間トータルでは133勝を挙げ、初の全国リーディングジョッキーとなった。 G1レースでの活躍も光る。シャダイカグラに騎乗した桜花賞では圧倒的不利と言われた大外枠(8枠18番)を克服して優勝。 天皇賞・春は初騎乗となるイナリワンで優勝し、父の武邦彦が騎手時代に勝てなかった天皇賞をデビュー3年目にして優勝した。 イナリワンで宝塚記念も優勝。秋にはスーパークリークで天皇賞・秋を制した。 G1レース4勝を含むJRA重賞勝ち鞍は11に及び、JRA賞最多賞金獲得騎手も受賞した。

武豊以外にも、この年には岸滋彦がG1初騎乗のエリザベス女王杯サンドピアリスに騎乗して最低人気を覆して優勝。松永幹夫は年末のワールドスーパージョッキーズシリーズに優勝し、角田晃一も重賞初制覇、岡潤一郎6月18日札幌競馬でJRA記録の5連続騎乗勝利を挙げたりと、関西を中心に若手騎手の成長が著しかった。







英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「1989年の日本競馬」の関連用語

1989年の日本競馬のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



1989年の日本競馬のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの1989年の日本競馬 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS