船本洲治 黙ってトイレをつまらせろ

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船本洲治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/01 10:20 UTC 版)

黙ってトイレをつまらせろ

船本は労働者の階級闘争を3つの領域、すなわち合法闘争領域、半合法領域、非合法領域に分けたが、「黙ってトイレをつまらせろ」とはその思想性の違いについて説明するためのたとえ話である[42]

とある事業所で経営者がケチってトイレにトイレットペーパー(ちり紙)を置かなかったとする。労働者がこれに対応する方法として考えられるのは

(1)組合など代表者を通してトイレットペーパーを置くように会社と交渉する。
(2)上司を吊るし上げるなどして実力闘争でトイレットペーパーを置かせる。

普通はこのあたりであろう。しかし船本はここで

(3)黙って新聞紙など硬い紙をあえて流し、トイレを詰まらせろ。

と第三の方法を提示した。船本はこれが弱者のもっともラディカルな革命的な闘争であると主張した[43]

船本はこれを解説して

(1)は現実の階級支配を認め、自己を「弱者」として固定し、敵を対等以上の交渉相手として設定し、自己の存在を敵に知らせ、陳情する。

(2)は、現実の階級支配にいきどおり、自己を「強者」として示し、敵を対等以下の交渉相手として設定し、自己の存在を半分知らせ、実力で要求を呑ませる。

(3)は、現実の階級支配を恨み、自己を徹底した「弱者」として設定し、したがって自己の存在を敵に知らせず、かつ敵を交渉相手として認めず、隠花植物の如く恨みを食って生きる。結果的には会社側はトイレの修理費が馬鹿にならぬのでチリ紙を完備するであろうが、(3)の思想性は(1)や(2)と比較して異質である。第一に「弱者」としての自己に徹底していること、第二にそれゆえ敵に自己の存在を知らせず、ただ事実行為によってのみその存在を示していること、第三に敵を交渉相手として設定しないために、この闘争は必然的に最初からプロレタリア権力として宣言していることである。

—船本洲治「現闘委の任務を立派に遂行するために」株式会社共和国発行『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.209-210

船本はさらにもう一つの例示をしている。ある鋳物工場では作業に手袋が必須だが真面目に手を抜かずに働くと3日で手袋に穴が空いてしまう、しかし会社側は5日に1組しか手袋を支給しないとしよう。組織労働者であれば会社にもっと頻繁に手袋を支給しろと要求するであろうが、船本は「それなら手袋が5日もつ程度にしか働くな」とサボタージュすることを推奨した[44]

船本は講演にて「黙ってトイレをつまらせろ」の例やサボタージュについて、本工(組合労働者)と社外工(日雇い労働者)の闘争の違いを述べる中で

闘いのやり方というのはぜんぜん違うんです。要求を出さないほうがはるかに革命的だと思うんです。(中略)ストライキなんかよりはるかにサボタージュなんかのほうがね、革命的なんちゃうかなという感じがするんですわ。そいでその組合なんか僕はいらない。組合なんか作ったら、あんた、資本家にもっともっと巧妙にさぁ、搾取されてね、いつの間にかしらんうちに廃人にされちまう。で、組合なんかつくらんでね、仲間でできるんちゃうか、釜共の運動というのは、だいたいそんなふうなゲリラ的な現場闘争で、大衆運動だったんです。

—船本洲治「現闘委の任務を立派に遂行するために」株式会社共和国発行『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.47-48

と述べ、弱者がなにができるか、その状況を帝国主義との闘いの武器に転化すること、それなしで分断支配を乗り越えられないし革命闘争の勝利もないと考え[45]

船本は遺書のなかでも

武装闘争を成功させる秘訣は黙ってやること、わからぬようにやること、声明も出さぬこと。エセ武闘家に嫌疑がかかるようにやること。独立した戦闘グループが相互に接触を持たず自立してやること、民衆に理解できるようにやること、公然活動領域と接触せず事実行為で連帯すること。

—船本洲治「世界反革命勢力の後方を世界革命戦争の前線に転化せよ」株式会社共和国発行『黙って野たれ死ぬな』2018年、p.290

と述べている。

神戸大学原口剛は船本の言葉を引用しながら以下のように解説している。

だがそれは「弱者」が「強者」になることを意味してはならない、なぜなら『「弱者」であるワシらのもろい側面の一つは、「弱者」であるワシらがもっと弱い立場にある「弱者」をいじめることによって「強者」からの抑圧を解消しようとすることである。関東大震災朝鮮人虐殺南京の大虐殺を見よ。-船本2018p.235』「弱者」が「強者」になることで自己の状況を打破しようとすること、それゆえ互いに争い合うこと、仲間内からさらなる「弱者」を生み出すこと。それこそが、資本と国家による分断支配のからくりであった。とすれば、この支配のくびきから逃れる方途は、「弱者」としての存在を徹底することである。船本はその戦術を「ひらきなおる戦略」という言葉で表現する。

—原口剛「解放の思想と実践」株式会社共和国発行『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.30-31


註釈

  1. ^ 実際に船本は東アジア反日武装戦線の活動家との交流を持ち、東アジア反日武装戦線は船本の影響をうけている。船本も東アジア反日武装戦線の活動を高く評価している。-読売新聞昭和50年6月27日p.23、読売新聞夕刊51年9月28日夕刊p.11、読売新聞昭和54年8月21日p.23、船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国、2018年、p.290「船本遺書」
  2. ^ 磯江洋一は1979年に山谷マンモス交番巡査刺殺事件を起こした活動家。 -文春オンライン・牧村康生「やられたらやり返せ!」ドヤ街・山谷に棲む人々はなぜヤクザに抗争を仕掛けたのか2021年10月9日閲覧
  3. ^ 船本洲治の父は日本の貧農の三男に生まれ満洲に渡って警察官となった日本人である。船本の父は日本の敗戦後、八路軍に銃殺される際に天皇陛下万歳と叫んだとのこと。船本は自分の父を満洲人を抑圧した日本帝国主義の犬と呼び、その父に付けられた自分の名を呪われていると書いている。-船本洲治『黙って野たれ死ぬな』共和国、2018年、pp.237-238
  4. ^ 船本自身やその仲間たちはそれらの容疑は警察のでっち上げだと主張している。あいりん総合センター爆破事件で船本の共犯とされた者は1983年無罪判決が確定している。-船本洲治『黙って野たれ死ぬな』れんが書房新社、1985年、pp.163-174,256,304,305
  5. ^ 自分以外の労働者に対しては文脈上必要な場合以外は労働者としている。-船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、全ページ
  6. ^ 船本は右翼組合主義者と書いているが世間一般の考える右翼ではなく、船本らと対立した山谷の労働組合主義者である。-山岡強一「山谷ー釜ヶ崎の闘いの歴史と船本洲治」れんが書房新社発行『黙って野たれ死ぬな』、1985年、p.270

出典

  1. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』れんが書房新社、1985年、p.266
  2. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』共和国、2018年、p.343
  3. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』れんが書房新社、1985年、pp.240,249-250,303
  4. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.237,356-357
  5. ^ a b c d 朝日新聞大阪朝刊昭和50年6月27日p.1
  6. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.296,344,358-359
  7. ^ 細木かずこ「詠わない詩人 あるいは詠う実践家」日本寄せ場学会発行『寄せ場』No.25、2012年6月、pp.201-204
  8. ^ 上山純二「船本洲治は生きているか」 日本寄せ場学会編集『寄せ場』(通号9)特集/船山会レポート、1996.05、p.171
  9. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.43,237,345
  10. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』れんが書房新社、1985年、p.253
  11. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.346.360-361
  12. ^ 崎山 政毅「武装する根拠に到ること-山岡強一が遺した歴史性の作業をめぐって」インパクト出版会 編集発行『インパクション = Impaction』 (99)、1996年10月、pp.31-43
  13. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』れんが書房新社、1985年、pp.185-188,241
  14. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.74-100,297,
  15. ^ a b 風間竜次「決起40年記念 船本洲治」日本寄せ場学会編集発行『寄せ場』(27)2015年7月、pp.149-153
  16. ^ a b 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.299-300,347-349
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  18. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』れんが書房新社、1985年、p.249
  19. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.347-349
  20. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.299-303,347-349
  21. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』れんが書房新社、1985年、pp.256,304,305
  22. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.351
  23. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.351
  24. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』れんが書房新社、1985年、p.304
  25. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.351-352
  26. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.287-291,326-335,353
  27. ^ 風間竜次「決起40年記念 船本洲治」日本寄せ場学会編集『寄せ場』(27)pp.140-141
  28. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.353
  29. ^ 朝日新聞大阪朝刊昭和50年6月27日p.1、読売新聞夕刊昭和51年9月28日p.11、毎日新聞朝刊昭和50年6月27日p.23、現代評論社編集発行『現代の眼』16(9)1975-09、pp.286-289
  30. ^ 風間竜次「決起40周年 船本洲治 」日本寄せ場学会編集発行『寄せ場』27、2015年7月、p.142
  31. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.297-298,307-309
  32. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.294
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  34. ^ a b 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.254-270
  35. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.239-240
  36. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.83-84
  37. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.239-240
  38. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年、p.126
  39. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年、p.127
  40. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.71,98-99,127,222
  41. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.71-72
  42. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.201-211
  43. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.209-211
  44. ^ 船本洲治「自己の置かれた状況を武器として、人民に奉仕せよ」株式会社共和国発行『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.47-48
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  48. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.201
  49. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.201-211
  50. ^ 原口剛「船本洲治 解放の思想と実践」株式会社共和国発行『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.24-27
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  52. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.178,197
  53. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.29,175,178
  54. ^ 原口剛「解放の思想と実践」株式会社共和国発行『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.27-29
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  61. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.122
  62. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、pp.65,213
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  64. ^ 朝日新聞大阪朝刊1975年6月27日p.1、毎日新聞1975年6月27日p.23、読売新聞1975年6月27日p.23
  65. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、p.289
  66. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』株式会社共和国発行、2018年、船本の全論文
  67. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年、pp.290-294
  68. ^ 毎日新聞1975年6月27日p.23
  69. ^ 夕刊読売新聞1976年9月28日p.11、朝日新聞1975年6月27日p.1
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  71. ^ a b 夕刊読売新聞1976年9月28日p.11
  72. ^ 朝日新聞大阪朝刊1975年6月27日p.1、毎日新聞1975年6月27日p.23
  73. ^ 船本洲治『黙って野たれ死ぬな』2018年pp.244,308-309,290-294
  74. ^ 『でもわたしには戦が待っている』風塵社、2004年、p172、p180、p219〜226p384
  75. ^ 牧村康生『ヤクザと過激派が棲む街』講談社、2020年、p.24-27
  76. ^ 朝日新聞2016年2月28日朝刊4面
  77. ^ 栗原康『はたらかないでたらふく食べたい増補版』ちくま文庫、2021年p.179-203





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