津堅島
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/17 07:18 UTC 版)
地理
沖縄本島中部勝連半島の南東約5kmの中城湾の沖合に位置し、面積1.88 km2[1]、周囲7.0 km[2]、人口485人(2005年国勢調査に基づく)[2] であり、標高は39mと平坦な島である。周りはセナハ浜、アギ浜、キガ浜、ヤジリ浜、トゥマイ浜などの浜が多く、島を取り囲む形でリーフ(潮が引いた時に姿を現すサンゴ礁)が発達している。リーフから浜まではイカなどの魚介類が豊富であり、島の土質は根菜類に適しており、島の中央部はほとんどが人参畑である。
小島・岩礁
- アフ岩 - 北東約200m沖。
ヤジリ浜沖にある無人島でまだ「島」と認められていない。
- ギノギ岩 - 北東約2km沖。
面積0.003平方キロメートル、標高3メートル無人島。津堅島の北東約2.2キロメートル沖合に浮かぶ。 島の周囲は広い礁湖となっているという。ギノ・ギニは漁場を表す言葉で、ギノギ岩周辺は優漁な漁場であると推測できる。 北東に南浮原島があり、『津堅口』と呼ばれて、中城湾の出入り口となっている。地元では「ギヌギグヮ」「ギニングァ」とも呼ばれる。
歴史
ヤジリ浜貝塚・和名浜貝塚・津堅貝塚など、沖縄貝塚時代前期から後期に亘っての貝塚が発見されている。1896年に沖縄県内初の灯台として島の南島端のカジチ崎に津堅島灯台が建設され、太平洋航路や中城湾の船舶の出入りを監視した。
太平洋戦争の沖縄戦(1945年)では激戦地となり (津堅島の戦い)、戦後も1949年まで島民は沖縄本島の南風原地区に強制移住させられた経緯をもつ[3]。2005年4月1日に勝連町がうるま市の一部となり、中頭郡勝連町津堅だった住所表記がうるま市勝連津堅となる。
公共施設
- 津堅診療所 - 沖縄県立中部病院附属の診療所。
固有名詞の分類
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