大隈湾 大隈湾の概要

大隈湾

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/06/12 14:16 UTC 版)

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大隈湾の位置
大隈湾周辺の地図

歴史

1902年、イギリスのロバート・スコット率いるディスカバリー号の探検[注釈 1]によって、この湾は発見された[1]。1912年、日本の南極探検隊を率いる白瀬矗中尉によって、大隈重信に因み「大隈湾」と命名された[1]

大隈重信は白瀬の南極探検の重要な支援者であり、「南極探検後援会」の会長を務めていた[2]。大隈湾(Okuma Bay)という命名は、1933年にアメリカ地理学協会によって認められ、国際的な名称となった[2]。なお、大隈湾を含むエドワード7世半島西岸一帯は、1961年に白瀬海岸(Shirase Coast)と名付けられている[3]

脚注

座標: 南緯77度50分 西経158度20分 / 南緯77.833度 西経158.333度 / -77.833; -158.333


注釈

  1. ^ 正式名称は British National Antarctic Expedition。1901年から1904年にかけておこなわれた。「スコットの第一回南極探検」とも。エドワード7世半島はこの探検隊によって発見されている。

出典



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