内丹術 概要

内丹術

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/28 13:43 UTC 版)

概要

内丹術は、行気・導引・存思・胎息などの伝統的な道教の身体技法に着想を得て、人体に内在する根源的生命力である「」を凝集・活性化し、身心をあるべき様態に戻そうとする修行体系である。人間は「」の一部を内包しており、道は日常的身体において気として損なわれる途上にあってその本来性は失われていないとして、修煉を積むことで回復を目指す。

「道」とは「気」を存在させる根源であり理法であり、気は万物を構成する要素とされる。根源としての道は、形而下では気として現われ陰陽五行の運行原理を内在するものとしており、宇宙の万物は気によって構成されて現実に存在できるという世界観が成立する[2][3]

内丹術の修煉とは、本来純粋な気を宿して生まれ、生から死への過程で欲望などで損耗しつつある人体の気を「内丹」として再生させ、気としての自己の身心を生成論的過程の逆行、存在論的根源への復帰のコースにのせ、利己たる存在を超えて本来の自己に立ち戻り[4]、天地と同様の永遠性から、ついには道との合一に至るという実践技法である。

修煉の基本原理は、身体を火を起こす(かまど)に見立て、丹田(なべ)とし、意識と呼吸をふいごにして、精・気・神(広義の気)を原料(薬物)として投入することで、内丹を作り出すことにある。修煉理論は、古代から研究されてきた気の養生術を、易経の宇宙論と陰陽五行の複合的シンボリズムと中国医学の身体理論に基づき[5]外丹術の術語を借りて、総合してできあがったものと考えられる。この内丹は、身体を強健にし、生命力を高め、身心に潜在する力を開発し、不老長生、心を統御し、智慧の果を得て、運命を超克することで、道を体現することを可能とする[6]

中華文化圏において神仙家・道家・医家が密接に関連し影響し合う中で歴史的に形成されてきた、内丹術を中心とする体系的な自己修養の実践と思想の総体を「仙道」「仙学」「仙宗」「丹道」「道家養生学」などと称する。これについて現代日本ではもっぱら「仙道」という呼称が普及している。朝鮮で独自に発展したそれは、当地において「国仙道」と呼ばれている。内丹術は、現代の「気功」の重要な源流の一つとなった[7]


  1. ^ 不老不死の身体を獲得するには”. エキサイト (2019年6月8日). 2019年11月23日閲覧。
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  3. ^ a b 根本幸夫、根井養智『陰陽五行説 その発生と展開』薬業時報社、1991年。ISBN 4-8407-1841-5 
  4. ^ a b c d e f 湯浅泰雄『気・修行・身体』平河出版社、1986年。ISBN 4-89203-121-6 
  5. ^ 坂出祥伸「解説・金仙證論とその丹法」、『煉丹修養法 附・道語字解』たにぐち書店、1987年。 
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  9. ^ 楠山春樹『老子入門』講談社〈講談社学術文庫〉、2002年。ISBN 4-06-159574-1 
  10. ^ 福永光司『老子』朝日新聞社〈朝日選書〉、1997年。ISBN 4-02-259009-2 
  11. ^ 福永光司『荘子 古代中国の実存主義』中央公論新社〈中公新書〉、1964年。ISBN 4-12-100036-6 
  12. ^ 鈴木修次『荘子』清水書院〈CenturyBooks(新書)〉、1973年。ISBN 4-389-41038-5 
  13. ^ a b 池上正治『「気」で読む中国思想』講談社〈講談社現代新書〉、1995年。ISBN 4-06-149244-6 
  14. ^ a b c 第十章「專氣致柔、能嬰兒乎」、二十五章「大曰逝、逝曰遠、遠曰反」、第四十二章「道生一、一生二、二生三、三生萬物」。福永光司『老子』朝日新聞社〈朝日選書〉、1997年。ISBN 4-02-259009-2 
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  26. ^ ハロルド・D・ロス「初期タオイズムにおける瞑想の諸階梯についての文献的記述」、『道教の歴史と文化』雄山閣出版、1998年。ISBN 4-639-01530-5 
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  28. ^ 林克「医書と道教」、『講座道教 第三巻 道教の生命観と身体論』雄山閣出版、2000年。ISBN 4-639-01669-7 
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  46. ^ 道教と養生思想
  47. ^ 秋岡英行、垣内智之、加藤千恵『煉丹術の世界―不老不死への道―』大修館書店〈あじあブックス080〉(原著2018年10月1日)、121頁。ISBN 9784469233209 
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  51. ^ a b 坂出祥伸『道教とはなにか』中央公論新社〈中公叢書〉、2005年。ISBN 4-12-003681-2 
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  53. ^ 台灣仙道學術資訊網 台灣仙道史”. 2010年10月4日閲覧。(繁体字中国語)
  54. ^ 秦浩人『中国仙道房中術入門』上野書店、1993年。ISBN 4-7952-7206-9 
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