八代将軍吉宗 受賞歴

八代将軍吉宗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/24 14:52 UTC 版)

受賞歴

放送

特記が無い限りNHKクロニクルのNHK番組表ヒストリーで確認。

通常放送時間

放送日程

  • 第1回は40分繰り上げかつ40分延長。
  • 第6回はNHKニュースを15分延長したため15分繰り下げ。
  • 第14回は20時14分から統一地方選挙開票速報を放送するため15分繰り上げ。
  • 7月23日は第17回参議院議員通常選挙開票速報のため休止。ナレーションの江守徹が次回放送休止をする際に選挙で投票に行くよう呼びかけた。番組最終回では大滝秀治と放送時点の現状を語る際に選挙の投票率が伸びていない事を嘆いていた。
  • 最終回は14分拡大。
  • 平均視聴率 26.4%(視聴率は関東地区ビデオリサーチ社調べ)[2]
放送回 放送日 タイトル 演出 視聴率[5]
[要出典]
01第1回 1995年1月8日 母の肖像 大原誠 22.1%
02第2回 1995年1月15日 お犬さま 大原誠 24.6%
03第3回 1995年1月22日 将軍の娘 清水一彦 27.8%
04第4回 1995年1月29日 殿様の子 清水一彦 29.4%
05第5回 1995年2月5日 江戸の迷子 尾崎充信 27.4%
06第6回 1995年2月12日 親の七光り 尾崎充信 29.1%
07第7回 1995年2月19日 草いちご 大原誠 27.5%
08第8回 1995年2月26日 綱引き 清水一彦 26.3%
09第9回 1995年3月5日 刃傷松の廊下 尾崎充信 27.7%
10第10回 1995年3月12日 恋ごころ 大原誠 28.2%
11第11回 1995年3月19日 赤穂浪士 清水一彦 28.6%
12第12回 1995年3月26日 鶴姫の死 尾崎充信 27.8%
13第13回 1995年4月2日 紀州の悲劇 大原誠 22.7%
14第14回 1995年4月9日 出世街道 大原誠 24.5%
15第15回 1995年4月16日 花嫁教育 清水一彦 23.2%
16第16回 1995年4月23日 はだか大名 清水一彦 23.8%
17第17回 1995年4月30日 綱吉の薨去 尾崎充信 25.6%
18第18回 1995年5月7日 報復人事 尾崎充信 26.8%
19第19回 1995年5月14日 名君づくり 内藤愼介 29.6%
20第20回 1995年5月21日 論争の鬼 清水一彦 27.4%
21第21回 1995年5月28日 将軍は四才 尾崎充信 28.9%
22第22回 1995年6月4日 裏工作 内藤愼介 26.7%
23第23回 1995年6月11日 江島生島 清水一彦 26.4%
24第24回 1995年6月18日 へその曲げ方 尾崎充信 27.8%
25第25回 1995年6月25日 男の花道 清水一彦 27.2%
26第26回 1995年7月2日 美女お断り 尾崎充信 31.4%
27第27回 1995年7月9日 中間管理職 伊勢田雅也 27.5%
28第28回 1995年7月16日 大奥の首座 清水一彦 27.8%
29第29回 1995年7月30日 勧農抑商 尾崎充信 22.7%
30第30回 1995年8月6日 いろは四十七組 伊勢田雅也 24.5%
31第31回 1995年8月13日 目安箱 清水一彦 18.5%
32第32回 1995年8月20日 心中禁止令 尾崎充信 23.9%
33第33回 1995年8月27日 法の矛盾 木村隆文 23.6%
34第34回 1995年9月3日 近松昇天 清水一彦 23.5%
35第35回 1995年9月10日 父の背中 尾崎充信 26.3%
36第36回 1995年9月17日 女難の相 木村隆文 28.3%
37第37回 1995年9月24日 天一坊始末 清水一彦 27.6%
38第38回 1995年10月1日 風雲児宗春 大原誠 25.3%
39第39回 1995年10月8日 自由にて候 大原誠 23.6%
40第40回 1995年10月15日 都鳥あわれ 清水一彦 28.1%
41第41回 1995年10月22日 八木将軍 清水一彦 21.4%
42第42回 1995年10月29日 後継者 大橋守 30.1%
43第43回 1995年11月5日 君主の条件 大原誠 24.8%
44第44回 1995年11月12日 三兄弟 清水一彦 27.2%
45第45回 1995年11月19日 みかんの木 大橋守 27.0%
46第46回 1995年11月26日 決断 大原誠 29.0%
47第47回 1995年12月3日 大御所 尾崎充信 29.5%
48最終回 1995年12月10日 祭ばやし 清水一彦 31.1%

総集編

  • 第一部「紀州の殿様」12月28日 20:15-21:59
  • 第二部「将軍の座」12月29日 20:00-21:44
  • 第三部「祭ばやし」12月30日 20:00-21:42

関連商品

ソフトウェア

VHSビデオ・DVDで総集編のみ発売されていたが[6]、2023年7月14日に完全版DVD-BOX第壱集・第弐集が発売された。

日本酒

1995年NHKソフトウェアの依頼により、和歌山県酒蔵会社である天長島村酒造によって「八代将軍 吉宗」が発売された。ラベルにはNHK大河ドラマ八代将軍吉宗での題字がそのまま用いられた。


注釈

  1. ^ この手法は今作と同じく池辺晋一郎が音楽を担当した1999年の『元禄繚乱』でも使われた。
  2. ^ 第31話にて、近松の夢の中で「言論統制令」をめぐって近松と対峙した吉宗が、幼少期に会ったことがある近松に自分の顔を思い出させるという、暴れん坊将軍を彷彿とさせるシーンがある。また、直前の第30話では、目安箱の設置を思いつく前に、吉宗が「町人に扮し市井の人々の意見を聞く」ことを思案するが、有馬氏倫・加納久通の反対で断念し、ノベライズ版では「〔暴れん坊将軍〕になり損ねた」と記されている。
  3. ^ 史実では夭折した兄・源三がおり、ドラマでもその存在について触れられていたが、ストーリー上では三男として扱われていた。
  4. ^ 当初は山田五十鈴の予定で記者発表にも出席したが、交通事故による怪我のため降板し、藤間が代役を務めた。なお、山田と津川雅彦は奇しくも『葵 徳川三代』にて母子役で共演している。
  5. ^ 宮崎ますみの予定だったが、出産のため降板。
  6. ^ 今作品から数年後、フジテレビの時代劇・大奥にも出演。「大奥スリーアミーゴス」としてブレイクする。
  7. ^ 当初は高橋悦史の予定で一部収録も行われたが、病気のため降板。石立が代役を務め、高橋で収録済みの場面を撮り直した。
  8. ^ 榎木は2004年の『最後の忠臣蔵』(脚本は本作と同じくジェームス三木による)では徳川家宣を演じた。家宣が6代将軍となった後のシーンのセリフが本作と似通っており、本作では吉保として剃髪を願い出る立場だった榎本が、「最後の忠臣蔵」では家宣として吉保(演:田村亮)の願い出に答えている。
  9. ^ a b この松の廊下の場面は『峠の群像』の映像が流用されている。
  10. ^ 赤穂浪士の討入りの場面は江守が大石内蔵助に扮した『元禄太平記』のシーンが流用されている(ただし顔は映っていない)。視聴者から「何故大石が出ないのか」という質問が来た際、アヴァンタイトルで近松が「この時の大石はそれがしだからでござる」と説明した。

出典



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