主の祈り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 08:39 UTC 版)
イエス・キリスト自身が弟子たちに教えたと新約聖書に記されている祈祷文であり、キリスト教のほぼすべての教派で唱えられている。
概説
キリスト教は、神への祈りを捧げる時に唱える様々な定型文(祈祷文)を持っている教派も多い(その神学的地位、権威は教派によって異なる)が、どの文を正統な祈祷文と認めるかは教派によって異なり、またプロテスタントは定型文としての祈祷をほとんど持たないことも多い。その中で、主の祈りは唯一、イエス・キリストその人が「祈るときは…(中略)…こう祈りなさい」と言って弟子たちに与えたとされる祈祷文であり、教派によって文章や訳文の違いはあるものの、キリスト教のほとんどの教派で正統な祈祷文として認められている。新約聖書(福音書)には、イエスが祈り方と祈祷文を弟子たちに教える場面が書かれている。(マタイによる福音書6章6-13、ルカによる福音書11章2-4)
あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。また、祈る場合、異邦人のように、くどくどと祈るな。彼らは言葉かずが多ければ、聞きいれられるものと思っている。だから、彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、 御名があがめられますように。 御国がきますように。 みこころが天に行われるとおり、 地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの食物を、 きょうもお与えください。 わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、 わたしたちの負債をもおゆるしください。 わたしたちを試みに会わせないで、
悪しき者からお救いください。 — マタイによる福音書6章6節から13節(口語訳)
構成
祈祷文として用いられている文章は、おおよそ『マタイによる福音書』6章9-13に則っている。5章の「山上の説教」に続いて語られているもので、最初の3つの祈り(2 - 5行目)は神と天上に関する祈り、次の3つの祈り(6 - 10行目)は人間と地上に関する祈りである。また、最後の部分(11 - 13行目)は、一種の頌栄である。
「主の祈り」の最後の頌栄部分は、伝統的なラテン語訳聖書(ヴルガータ)には書かれておらず、ヒエロニムスがヴルガータを訳した時代よりも後の時代においてギリシア語聖書の『マタイによる福音書』6章13に付け加えられたものと考えられる。このため現代一般的に読まれている聖書では、福音書にこの部分は書かれていないが[1]、宗教改革期に続々と各国語に訳され出版されたルター訳ドイツ語聖書や欽定訳英語聖書などでは、参照されたギリシア語聖書「テクストゥス・レセプトゥス」が中世のビザンチン写本を底本とした編纂であったため、頌栄部分が含まれた訳文が西方にも広まった[2]。
カトリック以外の多くの教派では、この頌栄部分を「主の祈り」に含めて唱えているが、カトリック教会ではラテン語訳聖書(ヴルガータ)を規範としてきた伝統から、この頌栄を「主の祈り」に含めない。ただし、現行のミサ典礼文では、この頌栄に相当する文が「主の祈り」に続いて副文の結びとして唱えられる(後述)。
注釈
- ^ 「いつくしみ深い父よ、すべての悪から わたしたちを救い、世界に平和をお与えください。あなたのあわれみに支えられて、罪から解放され、すべての困難にうち勝つことができますように。わたしたちの希望 救い主イエス・キリストが来られるのを待ち望んでいます。」
出典
- ^ プロテスタントの日本語訳聖書では、明治元訳聖書にはこの頌栄部分も書かれていたが、大正改訳以降の聖書には書かれていない。
- ^ 「主の祈りに付加された頌栄の意味」原真和、『聖和論集』40号、2012年12月21日
- ^ The Anglo-Saxon Version of the Holy Gospels, Benjamin Thorpe, 1848, p.11.
- ^ https://www.kingjamesbibleonline.org/1611_Matthew-Chapter-6/
- ^ a b en:Lord's Prayer#English versions
- ^ 「主の祈り」 カトリック中央協議会
- ^ 『日本聖公会祈祷書』明治29年版、157頁
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