コロナ コロナ加熱問題

コロナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/07 04:48 UTC 版)

コロナ加熱問題

物理学の未解決問題
なぜ、太陽のコロナは太陽表面よりも遥かに熱いのか?
新たな可視化技術は、コロナ加熱問題の手がかりを提供する。

太陽物理学におけるコロナ加熱の問題は、なぜ太陽のコロナの温度が太陽表面の温度よりも数百万 Kも高いのかという問題である。この現象を説明するためいくつかの理論が提案されているが、これらの候補の中のいずれが正しいのかの結論を出すのはまだ困難である。この問題は、ベングト・エドレンとヴァルター・グロトリアンが太陽のスペクトル中でFe IXとCa XIVの線を同定したときに初めて浮上した。この同定により、日食の際にコロナ中に見られる輝線が、未知の元素「コロニウム」ではなく、高温下でのみ高階電離されるこれらの既知の元素によるものであると判明したが、光球の6,000 Kと比べてコロナの温度は圧倒的に高く、この高温がどのように維持されているのかという新たな疑問を説明する理論が必要とされることとなった。この問題は主に、コロナへエネルギーがどのような形で運ばれ、その後、数太陽半径の範囲内でどのように熱に変換されるか、という点に集約される。

光球とコロナの間にある、温度が上昇する薄い領域を遷移層(遷移領域)と呼ぶ。この領域の厚さは数十 kmから数百 kmに過ぎない。太陽コロナを加熱するのに必要なエネルギーの量は、コロナの放射損失と、遷移層を通って彩層に向かう熱伝導による加熱の差として容易に計算できる。これは、太陽の彩層の表面積1平方メートル当たり約1 キロワット、つまり、太陽から逃げる光エネルギーの40000分の1の量である。

通常の熱伝導では、冷たい光球から熱いコロナにエネルギーを移動させることはできない。これは熱力学の第二法則に反するからである。これは、電球が周囲の空気の温度を電球のガラス面よりも高い温度まで上昇させることに喩えられる。したがって、コロナの加熱には、熱伝導以外の非熱的な過程でエネルギーを移動させる必要がある。これまで多くのコロナ加熱説が提唱されてきたが、いずれの理論も極端なコロナの温度を説明できていない。2020年現在最も有力な候補として残っているのは、波動加熱説ナノフレア加熱説の2つである[30]。2006年に「ひので」が打ち上げられる前は、先行の宇宙機「ようこう」などでフレア、マイクロフレアが観測されていたことからナノフレア説が有力視されていたが、「ひので」がコロナ内を伝播する波動を空間分解して捉えたことから、一時期下火となっていた波動説が改めて見直されることとなった[3]

2012年、観測ロケットに搭載された高分解能コロナイメージャーによる軟X線波長での高解像度撮影(0.2秒角未満)により、コロナ内の強固にまかれた磁場のブレード(braid, 編組)が発見された[31]。このブレードの再結合と分離が、活動領域のコロナを400万 Kまで加熱する主要な熱源として作用するのではないかと考えられている[31]。静穏コロナ(約150万 K)の主な熱源は、電磁流体波に由来すると想定されている[31]

波動説

波動説は、波動が太陽内部から彩層やコロナへエネルギーを運ぶとする説で、1949年にエヴリー・シャツマンによって提唱された。太陽は通常のガスではなくプラズマでできているため、空気中の音波に似たいくつかの種類の波を伝達する。中でも最も重要な波は、磁気音波とアルヴェーン波である。磁気音波は磁場の存在によって変化した音波であり、アルヴェーン波はプラズマ中の物質との相互作用によって変化した超低周波電波に似ている。どちらのタイプの波も、光球での粒状斑対流や超粒状斑対流の乱れによって打ち上げられ、熱としてエネルギーを散逸させる衝撃波へと変わる前に太陽大気を通ってある程度の距離までエネルギーを運ぶことができる。

波動説の問題点の一つは、適切な場所への熱の運搬である。磁気音波は、彩層の圧力が低いこと、および光球に反射して戻ってくる傾向があることから、十分なエネルギーを彩層を通ってコロナまで運ぶことができない。アルヴェーン波は十分なエネルギーを運搬することができるが、コロナに入ってからはそのエネルギーを急速に散逸させることができない。プラズマ中の波動は、解析的に理解し記述することが難しいことがよく知られている。しかし、2003年にThomas Bogdanらによって行われたコンピュータシミュレーションでは、アルヴェーン波がコロナの底部で他の波動に変化し、光球から彩層、遷移領域を通って大量のエネルギーを運び、最終的にコロナに入って熱として散逸する経路を提供できることが示されているようである。

波動説のもう一つの問題は、1990年代後半まで、太陽コロナを伝搬する波の直接的な証拠が全くなかったことである。太陽コロナに流れ込み伝搬する波が直接観測されたのは、1997年、太陽を極端紫外線で長時間安定して測光観測できる初の宇宙機であるSOHOによるものであった。これは、周波数約1ミリヘルツ(mHz、1000秒周期に相当)の磁気音波で、コロナの加熱に必要なエネルギーの10%程度しか運べないものだった。太陽フレアで放出されたアルヴェーン波のような局地的な波動現象は数多く観測されているが、これらは一過性のものであり、コロナの一様な熱を説明できるものではない。

コロナを加熱するためにどのくらいの波のエネルギーが利用できるのかは、まだ正確にはわかっていない。2004年に発表されたTRACEのデータを用いた結果によると、太陽大気には100 mHz(10秒周期)という高い周波数の波があるようである。また、SOHOに搭載されたUVCS装置を用いて太陽風の中のさまざまなイオンの温度を測定した結果、人間の可聴域にある200Hzという高い周波数の波があることを間接的に示す強い証拠が得られた。これらの波は、通常の環境下では検出することが非常に困難だが、ウィリアムズ大学のチームによって日食の間に収集された証拠は、1 - 10Hzの範囲でそのような波が存在することを示唆している。

2009年、ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリーに搭載されたAIA (Atmospheric Imaging Assembly) による観測で、太陽下部大気[32]のほか、静穏領域やコロナホール、活動領域でもアルヴェーン波による振動が発見された。これらの振動は非常に大きなパワーを持っており、以前に「ひので」で報告された彩層でのアルヴェーン波と関連しているものと考えられている。

2008年には、NASAの宇宙機WINDによる太陽風の観測から、局所的なイオン加熱をもたらすアルヴェーンサイクロトロン散逸の理論を支持する証拠が示された[33]

ナノフレア加熱説

フレアのエネルギー規模(1032 エルグ (erg) 程度)に比べて6桁ほど小さい1026 erg程度の爆発は「マイクロフレア」、さらに1023 erg程度の爆発は「ナノフレア」とそれぞれ呼ばれている[34]。これらの、フレアよりもエネルギー規模の小さい爆発が解放するエネルギーの重ね合わせでコロナ加熱を説明しようとするのがナノフレア加熱という仮説である[35]

ナノフレア加熱説の問題点は、「ようこう」の軟X線望遠鏡やTRACE、SOHOのEITなどの極端紫外線望遠鏡では、個々のマイクロフレアを小さな輝点として観測できるが、コロナに放出されるエネルギーを説明するには、これらの微小イベントの数が少なすぎる。「ようこう」での観測から得られたフレアのエネルギー規模と発生頻度の傾向がナノフレアのエネルギー規模でも同様に続くようであれば、ナノフレアはコロナ加熱の主要項とは成り得ないことが明らかとなっている[36]。そのため、フレアやマイクロフレアの発生機構とは異なる物理的機構が必要となる[36]

ナノフレアがコロナ加熱の要因となっているというアイデアは、1970年代にユージン・ニューマン・パーカーによって提唱されたが、現在でも論争の的となっている。パーカーは、太陽表面近くの対流によって光球からコロナへつながる磁力線の足元が捻じれたり曲げられたりした結果、コロナにおいて磁力線が乱れて絡まった状態となり、その過程で磁場に蓄えられたエネルギーが磁気リコネクションによって熱エネルギーとして磁場から解放されてコロナが加熱されるとした[37]

実際、太陽の表面には、50〜1000 kmの範囲に数百万個の正極と負極の磁場が、英語で salt and pepper field と表現されるように、ごま塩や塩胡椒を振り撒いたように分布している[38]。これらの小さな磁極が、数分という短い時間の中で変化している様子が「ひので」などの連続観測から明らかとなっている。この磁場の変化によって、コロナの下層で小さな電流層が多数生まれ、磁気リコネクションが頻繁に発生していると予想されている[39]

スピキュール説(タイプII)

彩層上層のスピキュールは、コロナ加熱の候補として考えられていたが、1980年代の観測研究の結果、スピキュールによって運ばれる運動エネルギーの総和が、静穏領域のコロナのエネルギー損失に比べて2桁も小さい[40]ことがわかり、候補から外されていた。

2010年にコロラド州アメリカ大気研究センター (NCAR) で実施された、ロッキードマーチン太陽天体物理学研究所 (LMSAL) とオスロ大学理論天体物理学研究所の共同研究では、2007年に発見された新しいクラスのスピキュール(タイプII)は、移動速度が速く(最大100 キロメートル毎秒)、寿命が短いため、この問題を説明できる可能性があるとしている[41]。この仮説を検証には、SDO搭載のAIAと、「ひので」搭載の太陽光学望遠鏡 (Solar Optical Telescope, SOT) 用焦点面パッケージ (Focal Plane Package, FPP) が使用された。これらの観測により、噴水状のジェットやスピキュールを形成した彩層のプラズマが、コロナの中へ上向きに加速されており、プラズマの大部分は2万 - 10万 Kに、ごく一部は100万 K以上まで加熱されていることが明らかにされた[42]。また、数百万度まで加熱されたプラズマと、このプラズマをコロナに挿入するスピキュールとの間に一対一の関係があることが明らかになった[42]


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