しのざき見兆 人物

しのざき見兆

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/30 18:39 UTC 版)

人物

ものまねタレントとして

ものまねタレントとして出演した『ものまね王座決定戦』では当初、松居直美松本明子篠塚満由美と共に「ものまね女四天王」を結成していた。しかし、わずか1年で斉藤ルミ子と交代し、ダチョウ倶楽部笑福亭笑瓶ピンクの電話とともに「ものまねお笑い四天王」と呼ばれるようになった。

「お笑い」と冠されるだけあってものまね自体は決して似ているわけではないが、ノリと勢いで強引なまでに見せつけるスタイルは一貫していた。同番組では面白おかしくものまねを披露していたため、爆笑を得ながらもほとんどが1回戦負けだった[5]。本人が当時番組スタッフから聞いた話では、しのざきが出ると視聴率が瞬間的に上がると同時に、クレームの数も出演者の中ではNo.1の多さだった[注 2]

1992年春の『爆笑スター-』の放送では、中山美穂の「Rosa」を披露した際は場内の爆笑を巻き起こして勝利し(対戦相手はわたる哲平)、司会の研ナオコからも絶賛された。しかし2回戦では菊池桃子の「Say Yes!」で番組史上初のワースト記録・80点をマーク、審査員席にいた菊池本人には「ちょっと愛せないですね」と言われたあげく6点を付けられた。なお対戦相手の松居直美の得点は満点(100点)だったため、これも番組史上最大点差を付けての勝敗決着となっている。

25歳で同番組のスタッフに芸能界引退を告げた時には、プロデューサーたちから引き止められた[13]。彼らから「辞めないでくれ。何が欲しいんだ、シャネルのスーツか?」などと言われ[13]、さらに土下座してまで慰留を懇願されたという[5]

その他のバラエティ番組

『笑っていいとも!』

中学生の頃は、『笑っていいとも!』のアシスタント・グループである「いいとも青年隊」の野々村真の大ファンだった。野々村に会いたい気持ちから、中学3年生の夏休みに行われた素人参加のオーディションを受け続け、替え歌コーナー「私のメロディー」に出演[2]。そのコーナーではいいとも青年隊の3人が賞品箱を各自持たされており、しのざきが賞品を選ぶ際“ハズレでもいいから”とファンである野々村の箱を毎回選んでいた。

タモリに気に入られ、しのざきが埼玉出身であることから、本番ではよく「埼玉のオオサンショウウオ」、「埼玉の珍獣」とイジられた[2]。また、同番組レギュラー時代のある日、母がタモリ宛に「うちの娘がお世話になりました」との御礼状を書いた時は、彼は本番で手紙を読んでくれるという一幕もあった[2]

『だいじょうぶだぁ』

志村けんのだいじょうぶだぁ』では、志村けん扮する人間に“恩返しをするゴキブリ役”として初出演[4]。これがバカウケしたことで、以降志村から同番組を含めたコント番組などに色々と起用されるようになった[4]

当時しのざきはコントで水着を着ることは多かったが、ビキニの水着は意図的に避けていた[注 3]。ある日の志村とのコントのオチで用意されたのがビキニにだったため一瞬躊躇したが、着用して本番に臨むと思いの外大ウケした[注 4]

『お笑いウルトラクイズ』

ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』の出演を依頼された際、たけしから「お前はシード選手だ」と言われた[14]。しのざきが出演した回では、たけし軍団ダチョウ倶楽部などの男芸人に紛れて、唯一女性タレントとして参加した[14]。本番では芸人たちと共に爆破されてリアクションし、爆風で歯と歯の間に砂が詰まったしのざきの顔を見たたけしから「この画が欲しかった!(笑)」ととても褒められた[14]

容姿、ブスキャラについて

若い頃は、出演番組で共演者たちからよく“容姿いじり”をされていた。本人は内心、勝手に「全国の容姿に自信が持てない方々を背負っている」という使命感を持ってタレント活動に臨んでいた[注 5]。ちなみにデビューした頃から太った体型ではあったが、身長は低いため意外と小柄である[8]

2度目の引退後もスーパーなどで、トレードマークのほくろがあることで元タレントの“しのざき美知”と認知されることがあった[15]。私生活に支障が出ると感じたため、子育てがひと段落した時期に手術でほくろを除去したとのこと[注 6]

タレント時代の若い頃、「他の人が笑われないように、私がブスの1位になりたい」と発言したことがある[16]。この発言を聞いた住吉奈々美は感動して「この人は現代に必要な人だ」と思ったことから、その後2017年頃にしのざきに芸能界復帰を勧めることになった[16]

お笑いユニット

吉本興業の後輩だった住吉奈々美は、しのざきの引退後も「この人をいつかまた世の中に引っ張り出したい」と勝手に考えていた[16]。その後ダンスセラピストとなった住吉は、作詞・作曲経験があるしのざきに「ダンスのオリジナルソングを作って欲しい」と連絡した[16]。これがきっかけとなり、話し合った末、2人でお笑いユニット「ナナしの娘」を組むことになった[16]

「ナナしの娘」のコンセプトは「何度でも青春」、「青春オカワリもう一杯」[17]、「永遠の乙女宣言!」「ほっこりぽっちゃり癒やしの3世代対応型タレント」[注 7]。また、「同世代の人に元気を与えたい」との思いで活動している[17][注 8]


注釈

  1. ^ すみよしななみ・吉本興行時代の元後輩[8]で元構成作家。また、ベネッセこどもちゃれんじ教材の構成脚本キャラクターデザイン等を手掛けた。この他、イラストレーター、作詞、振付担当、手話ダンス指導としても活躍した人物[9]
  2. ^ 当時の人気女性アイドルたちのマネもやっていたため、視聴者から「なんでこんなやつを出すんだ!」という怒りの電話がテレビ局にたくさんかかってきたという[13]
  3. ^ 本人は後に、「お笑いってかわいそうになったり気の毒に見られたらダメじゃないですか。スカートで出演する時も、当時は中のパンツが見えても生々しくならないよう、茶色のタイツを履いていたほどです」と理由を明かしている[4]
  4. ^ しのざきは、「そのコントではどうしても志村さんはビキニでやりたかったみたいです。それで大ウケした後、セットの裏で志村さんから『(ビキニ着てもらって)ごめんな。ありがとな』って声を掛けて下さって、大変喜んで下さりました」と述懐している[4]
  5. ^ しのざきによると、「当時は、容姿にコンプレックスがある人たちの代わりに、“ブスという言葉を私が全部受け止めてやる!”と思っていました。そういう覚悟で活躍していたからこそ、多くの皆さんが私を応援してくれたんだと思います」と回想している[3]
  6. ^ しのざきによると、「子育て中に近所のスーパーで買い物をしていると『あっ、しのざき!』ってバレてしまい、“顔で気づかれたというよりホクロだな”と思って。引退後も皆様に覚えていてもらえることはありがたかったんですけど、当時は主婦でしたし、子育てをしっかりやりたいと思ったんですね。それで、とにかく目立つホクロを除去することにしたんです」と回想している[3]
  7. ^ これらには、いくつになっても何度でも青春の頃のように楽しもう、という思いが込められている。
  8. ^ しのざきは他にも、「『ナナしの娘』の活動を通じて、『同世代を中心とした、どこか空虚な日々を過ごしている人がまた青春を始めるきっかけになれたら』、『しのざきさんがやっているんだから、私もできるような気がする』と感じてもらえたらいいですね」とも語っている[18]
  9. ^ しのざきが番組スタッフから聞いた話では、彼女が過去にダウンタウンとのコントで何度か共演した時に浜田雅功に気に入られたことが、『笑ってはいけない』のオファーに繋がったという[18]
  10. ^ 生徒役のオーディションを受けたが落選、掃除婦役で採用された[要出典]
  11. ^ 司会の明石家さんまから「私、吉本の先輩といたしまして(言わせていただきますけど)、馬鹿野郎」と注意され、あげくの果てに「(芸風は)俺も好き。好きだけどね、彼氏にはなりたくない」「これは十分、離婚の原因になるよ今のは」「『ものまね王座決定戦』でしょ。こっち、『際物王座決定戦』やもんこれ」と言われていた。
  12. ^ 審査員の神田正輝は戸惑いながらも「上手かったですよね、可愛かった」とコメントした。

出典

  1. ^ a b c しのざき見兆、6月から芸能事務所入りで本格復帰「今夏にキー局からテレビ番組出演オファー」「王林さんの後輩に」”. NEWSポストセブン (2023年6月27日). 2023年8月8日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 《復帰インタビュー》タモリ、たけし、志村けんさんも惚れ込んだ伝説の女性お笑いタレントが明かした「唯一怒らせた俳優」前編(その1)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  3. ^ a b c d e f ホクロを取った“しのざき美知”が語る「容姿イジリへの覚悟」「25歳の絶頂期での引退」「子育てと親の介護、そして芸能界復帰」後編(その1)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  4. ^ a b c d e f 《復帰インタビュー》タモリ、たけし、志村けんさんも惚れ込んだ伝説の女性お笑いタレントが明かした「唯一怒らせた俳優」前編(その3)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  5. ^ a b c d e 《復帰インタビュー》タモリ、たけし、志村けんさんも惚れ込んだ伝説の女性お笑いタレントが明かした「唯一怒らせた俳優」前編(その6)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  6. ^ 《復帰インタビュー》タモリ、たけし、志村けんさんも惚れ込んだ伝説の女性お笑いタレントが明かした「唯一怒らせた俳優」”. NEWSポストセブン. 2023年4月20日閲覧。
  7. ^ ホクロを取った“しのざき美知”が語る「容姿イジリへの覚悟」「25歳の絶頂期での引退」「子育てと親の介護、そして芸能界復帰」”. NEWSポストセブン. 小学館 (2023年4月20日). 2023年4月20日閲覧。
  8. ^ a b 《復帰インタビュー》タモリ、たけし、志村けんさんも惚れ込んだ伝説の女性お笑いタレントが明かした「唯一怒らせた俳優」前編(その4)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  9. ^ すみよしななみ プロフィール”. ナナしの娘オフィシャルサイト. 2023年3月9日閲覧。
  10. ^ 続・しのざきみちと いう女神”. ノンジャンルダンス 晴留屋(はれるや)リーダーくぅちゃんの活動日記. 2023年3月9日閲覧。
  11. ^ 《復帰インタビュー》タモリ、たけし、志村けんさんも惚れ込んだ伝説の女性お笑いタレントが明かした「唯一怒らせた俳優」前編(その7)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  12. ^ "しのざき見兆、6月から芸能事務所入りで本格復帰「今夏にキー局からテレビ番組出演オファー」「王林さんの後輩に」". NEWSポストセブン. 小学館. 27 June 2023. 2023年6月27日閲覧
  13. ^ a b c d e ホクロを取った“しのざき美知”が語る「容姿イジリへの覚悟」「25歳の絶頂期での引退」「子育てと親の介護、そして芸能界復帰」後編(その2)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  14. ^ a b c 《復帰インタビュー》タモリ、たけし、志村けんさんも惚れ込んだ伝説の女性お笑いタレントが明かした「唯一怒らせた俳優」前編(その2)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  15. ^ ホクロを取った“しのざき美知”が語る「容姿イジリへの覚悟」「25歳の絶頂期での引退」「子育てと親の介護、そして芸能界復帰」”. NEWSポストセブン. 小学館 (2023年4月20日). 2023年4月20日閲覧。
  16. ^ a b c d e f ホクロを取った“しのざき美知”が語る「容姿イジリへの覚悟」「25歳の絶頂期での引退」「子育てと親の介護、そして芸能界復帰」後編(その4)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  17. ^ a b 《復帰インタビュー》タモリ、たけし、志村けんさんも惚れ込んだ伝説の女性お笑いタレントが明かした「唯一怒らせた俳優」前編(その8)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  18. ^ a b ホクロを取った“しのざき美知”が語る「容姿イジリへの覚悟」「25歳の絶頂期での引退」「子育てと親の介護、そして芸能界復帰」後編(その5)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  19. ^ 《復帰インタビュー》タモリ、たけし、志村けんさんも惚れ込んだ伝説の女性お笑いタレントが明かした「唯一怒らせた俳優」前編(その5)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  20. ^ a b c d e ホクロを取った“しのざき美知”が語る「容姿イジリへの覚悟」「25歳の絶頂期での引退」「子育てと親の介護、そして芸能界復帰」後編(その3)”. NEWSポストセブン (2023年4月20日). 2023年7月19日閲覧。
  21. ^ しのざき美知 / TELL ME MAGIC [廃盤]”. CDJournal. 2023年3月9日閲覧。
  22. ^ 夜空 SHINOZAKI”. diskunion. 2023年3月9日閲覧。





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