上杉顕定とは? わかりやすく解説

上杉顕定

(Uesugi Akisada から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/31 05:54 UTC 版)

上杉 顕定(うえすぎ あきさだ) は、室町時代後期から戦国時代にかけての武将守護大名山内上杉家11代当主。越後上杉家の出身で山内上杉家を継ぎ、関東争乱期の40年以上にわたって関東管領を務めた。


注釈

  1. ^ 海龍寺は元は上杉憲顕の娘である芳山了薫が上野国板鼻に建てた寺院で、後に顕定が再興した。顕定は同寺で実の両親である亡き房定夫妻の法要を行っている。海龍寺の付近に上野守護としての上杉邸があったと推定されているが、現在の板鼻には「海龍寺」という小字が残っているものの、現時点では海龍寺・上杉邸の遺構は発見されていない[2]
  2. ^ 顕定の発給・受給文書や同時代史料において「四郎」「管領」といった語はあっても官途名を用いて顕定を示した例がないという指摘より[3]。 諸系図においても、比較的早い時期に作成されたと考察されている「上杉系図」「上杉系図大概」[4]には官途は書かれていない。
  3. ^ 「天文本上杉長尾系図」などの記載による[5]
  4. ^ 岩松家純の説得もあったといわれる。
  5. ^ 政氏の子とする説もある。
  6. ^ 例えば羽下徳彦「越後における永正~天文の戦乱」(同著『中世日本の政治と史料』 吉川弘文館、1995年、39頁、 初出1961年)には「房能の復讐という直接の意図」とあり、 『増補改訂版 上杉氏年表』(高志書院、2007年)の永正5年条(長谷川伸執筆、20頁)には「顕定は房能の弔い合戦を意図」とある。
  7. ^ この定実に対する顕定の認識は羽下徳彦も指摘しているが、永正の変が「上杉氏の内訌ではない」と書くに留める。(「越後における守護領国の形成」 同著『中世日本の政治と史料』 吉川弘文館、1995年 所収、 初出1959年)
  8. ^ この戦いで、顕定に従軍していた長尾定明や高山憲重らも討たれており、山内上杉家の軍事力は大きく減退した。また、顕定が政盛本人に討たれたという説もあるがそれは創作である。

出典

  1. ^ a b "上杉顕定". 朝日日本歴史人物事典 (1994). コトバンクより2022年9月23日閲覧
  2. ^ 森田真一「山内上杉氏の拠点について -上野国板鼻を中心として-」『群馬県立歴史博物館紀要』29号、2008年。/所収:黒田基樹 編『山内上杉氏』戒光祥出版〈シリーズ・中世関東武士の研究 第一二巻〉、2014年。ISBN 978-4-86403-108-0 
  3. ^ 木下聡「山内上杉氏における官途と関東管領職の問題」 『日本歴史』第685号、2005年。
  4. ^ 片桐昭彦 「山内上杉氏・越後守護上杉氏の系図と系譜」 『中世武家系図の史料論』下巻、高志書院、2007年。系図も同書収録。
  5. ^ 森田真一「上条上杉定憲と享禄・天文の乱」『新潟史学』第46号、2001年。
  6. ^ 東京帝国大学文学部史料編纂所編『史料綜覧 巻9』内閣印刷局朝陽会、1936年、p.147(永正元年9月27日条)
  7. ^ 片桐昭彦 「上杉謙信の家督継承と家格秩序の創出」 『上越市史研究』第10号、2004年。
  8. ^ 「永正の乱と妻有」 『十日町市史 通史編1』第5章第1節、1997年、439-441頁。
  9. ^ 東京帝国大学文学部史料編纂所編『史料綜覧 巻9』内閣印刷局朝陽会、1936年、p.239(永正7年6月20日条)
  10. ^ 森田真一「北条氏と山内・扇谷両上杉氏」黒田基樹編 『北条氏康とその時代』 戒光祥出版〈シリーズ・戦国大名の新研究 2〉、2021年7月、236-237頁。ISBN 978-4-86403-391-6
  11. ^ 井上鋭夫 『上杉謙信』 人物往来社、1966年。 『寺浦百塚発掘調査報告書』 新潟県南魚沼郡六日町教育委員会、1974年。


「上杉顕定」の続きの解説一覧




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「上杉顕定」の関連用語

上杉顕定のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



上杉顕定のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの上杉顕定 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS