遷移状態理論
遷移状態理論(せんいじょうたいりろん、英: Transition state theory、略称: TST)は、素化学反応の反応速度を説明する。本理論は反応物と活性化した遷移状態複合体との間の特別な種類の化学平衡(擬平衡、準平衡)を仮定する[1]。
TSTは、どのように化学反応が起こるかを定性的に理解するために主に使われる。TSTは絶対反応速度定数を計算するというその当初の目標についてはあまり成功していない。これは、絶対反応速度の計算にはポテンシャルエネルギー面の正確な情報が必要なためである[2]。しかし、速度定数が実験的に決定されている特定の反応についての標準活性化エンタルピー(ΔH‡、Δ‡Hɵとも書かれる)、標準活性化エントロピー(ΔS‡またはΔ‡Sɵ)、および標準活性化ギブズエネルギー(ΔG‡またはΔ‡Gɵ)の計算には成功している(‡表記は興味ある値が「遷移状態のもの」であることを指す; ΔH‡は遷移状態のエンタルピーと反応物のエンタルピーの差である)。
この理論は1935年に(当時プリンストン大学の)ヘンリー・アイリングと(マンチェスター大学の)メレディス・グウィン・エヴァンスとマイケル・ポランニーによって同時に構築された[3][4]。TSTは「活性錯合体理論」、「絶対速度理論」、「絶対反応速度理論」とも呼ばれる[5]。
TSTの構築前は、アレニウスの速度則が反応障壁についてのエネルギーを決定するために広く使われた。アレニウスの式は経験的観察から導かれ、1つかそれ以上の反応中間体が反応物(始原系)から生成物(生成系)への変換に関与しているのかといった機構的考察を無視している[6]。したがって、この法則と関連した2つのパラメータ、前指数因子(A)と活性化エネルギー(Ea)を理解するためにはさらなる理論の発展が必要であった。アイリングの式をもたらしたTSTはこれら2つの問題の解決に成功した。しかしながら、アレニウスの速度則が発表された1889年から、アイリングの式がTSTから導かれた1935年まで、46年が経過していた。この間、多くの科学者と研究者がこの理論の発展に大きく貢献した。
理論
遷移状態理論の背景にある基本的な考え方は以下の通りである。
- 反応の速度は、ポテンシャルエネルギー面の鞍点近くの活性複合体(活性錯合体)を調べることによって研究することができる。これらの複合体がどのように形成されるかの詳細は重要ではない。鞍点それ自身が遷移状態と呼ばれる。
- 活性複合体は反応物分子と特別な平衡(擬平衡)にある。
- 活性複合体は生成物へと変換でき、この変換の速度を計算するために運動論を使用することができる。
発展
TSTの発展において、以下に要約したように3つのアプローチが取られた。
熱力学的取り扱い
1884年、ヤコブス・ファント・ホッフは、可逆反応についての平衡定数の温度依存性を記述するファントホッフの式を提唱した。
図2: ポテンシャルエネルギー図 ここでは、活性複合体 [AB]‡ を含む系中の全ての化学種間で完全な平衡が達成される。統計力学を使って、[AB]‡ の濃度はAとBの濃度の観点から計算することができる。
TSTは、反応物と生成物が互いに平衡状態にない時でさえも、活性複合体が反応物と擬平衡状態にあると仮定する。図2で示されているように、いかなる瞬間においても、少数の活性複合体が存在し、一部は直近の過去には反応物であり、これは [ABl]‡と呼ばれる(左から右へ移動するため)。残りは直近の過去には生成物分子であった([ABr]‡)。
TSTでは、活性複合体2方向の流れは互い独立していると仮定される。すなわち、全ての生成物分子が反応系から突然取り除かれたとすると、[ABr]‡の流れは止まるが、左から右への流れはまだ存在する。したがって、技術的に正しく言えば、反応物は [ABl]‡(直近の過去に反応物だった活性複合体)のみと平衡状態にある。
妥当性の主張
活性複合体はエネルギーのボルツマン分布に従わないが、「平衡定数」は活性複合体が従う分布から導出することができる。この擬平衡ついての平衡定数K‡は
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