メガシステム1
(MEGA SYSTEM1 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/26 15:05 UTC 版)
「メガシステム1」(ジャレコ コンセプトボード・メガシステム ワン、英: MEGA SYSTEM1)とは、CPUに「68000」を搭載したジャレコのシステム基板である[1][注 1]。共通のマザー基板と交換用のROM基板の2枚で構成されるシステム基板であり[2]、1988年5月から1992年9月にかけて12作品が供給された[3]。
また、メガシステム1は、ジャレコと日本マイコン開発の共同開発品である[4]。
概要
メガシステム1は、ROM基板の交換によって新たなゲームに取り替える方式を採用したシステム基板で[2]、共通のマザー基板と交換用のROM基板を組み合わせる2枚構成となっている[2][5]。このシステム基板の開発はジャレコと日本マイコン開発が共同で行い、日本マイコン開発が基本設計を行った[4][注 2][注 3]。
メガシステム1は、ジャレコが初めて発売したシステム基板である[7]。1988年3月に開催された「AOU'88 アミューズメント・エキスポ」では、対応ソフト『P-47』『キック・オフ』と共に「システムMB(マザーボード[8])」として出展され[8][9]、その後「メガシステム1」と改称されて発売された[10]。
メガシステム1は、16ビットCPU「68000[1]」をメイン用とサウンド用として2個搭載していることを特徴とする[2][11]。グラフィック性能としては、32768色中1024色のカラー表示、独立に制御できる3層のスクロール面と128個のオブジェクトの表示が可能であり[1]、オブジェクトに対してはモザイクや残像の特殊効果を適用できた[12]。サウンド面では、FM音源(YM2151)8音、ADPCM(MSM6295 x 2)8音を使った演奏が可能で[4]、ステレオ出力も可能となっていた[12]。これらの性能面から展開されていた当時、メガシステム1は性能が高い基板として評価されていた[2][5][注 4]。
また、メガシステム1は、1986年に制定された統一規格のJAMMAコネクタを採用しており、筐体などへの接続は容易となっていた[5][注 5]。なお、メガシステム1にはAとBの2種類のバージョンが存在し、ROM基板取り付け用コネクタの形状に違いがある[5]。また、ソフトによってはROM基板交換方式を採用せず、メガシステム1と同一性能の1枚基板として発売されたものも存在した[5][注 6]。
1988年5月のメガシステム1の発売当初、ジャレコは1989年3月までにメガシステム1用ソフト6作品の供給を予定していた[11]。最終的にメガシステム1用のソフトはROM基板交換方式によって、1988年5月から1992年9月にかけて12作品が供給されたが[22]、その内訳は1988年から1989年にかけて9作品が供給され、1990年以降は年1作品程度の発売間隔となった[7][注 7]。なおその後、1994年2月にジャレコは、32ビットCPUを採用した新しいシステム基板として「メガシステム32」を発売している[3][注 8]。
メガシステム1用として発売されたソフトのうち、人気作となった『P-47』などのシューティングゲームについては比較的売り上げを伸ばしたものの、それ以外のジャンルのゲームは低調に終わった[5]。
なお、ジャレコは1988年にメガシステム1と並行して、16ビットCPUを採用する低価格帯[注 9]の基板を用いた「CB(チープボード[23])シリーズ」の展開を発表し[24]、1988年7月に第1弾として『魔魁伝説』を発売している[23][注 10][注 11]。『魔魁伝説』の発売時点では、1989年3月までにチープボードを使用したゲームを4作品発売する予定としていた[23][注 12]。
性能
- CPU:68000 x 2(メイン用・サウンド用[1])。
- 総プログラム空間:4Mbit[12]。
- カラー:32768色中1024色[1]。
- スクロール:3面、32画面分(合計)の領域[1]。
- オブジェクト:128個、65536ピクセル描画[1]、モザイク、残像の特殊効果[12]、高速DMAによる転送[12]。
- キャラクタージェネレータ:8x8ピクセル、あるいは16x16ピクセル単位[12]、16色[1]。
- キャラクターメモリ:最大13Mbit[12]。
- サウンド:FM音源(YM2151)8ch[4]、ADPCM音源(MSM6295)4ch x 2[4] 、ステレオ出力[1][注 13]。
- その他:外部通信ポート[1]。
タイトルリスト
ROM基板交換方式で供給されたソフト
| No. | 発売時期(日本) | タイトル | 開発会社 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 第1弾[11][28] | 1988年5月[7] | P-47 THE FREEDOM FIGHTER | 日本マイコン開発[29] | シューティング[11] | |
| 第2弾[30][28] | 1988年6月[7] | キック・オフ | ジャレコ[31] | サッカー[30] | |
| 第3弾[32][33] | 1988年8月[7] | 武田信玄 | ジャレコ[34] | アクション[32] | |
| 第4弾[35][36] | 1988年9月[7] | 伊賀忍術伝 五神の書 | ジャレコ[34] | アクション[35] | |
| 第5弾[37][38] | 1989年3月[7][注 14] | 天聖龍 SAINT DRAGON | 日本マイコン開発[34] | シューティング[37] | |
| 第6弾[39][40] | 1989年5月[7][注 15] | プラスアルファ | ジャレコ[34] | シューティング[39] | |
| 第7弾[41] | 1989年7月[7] | 実力!!プロ野球 | 不明 | 野球[42] | |
| 第8弾[43][44] | 1989年9月[7] | 破兆 | エイコム[45] | アクション[43] | |
| 第9弾[48][49] | 1989年11月[7] | ザ・ロードオブキング | エイコム[4] | アクション[48] | |
| 第10弾[50][51] | 1990年4月[7] | 妖精物語ロッド・ランド | ジャレコ[34] | アクション[50] | |
| 第11弾[52][53] | 1991年5月[7] | ファンタズム | シー・ピー・ブレイン[4] | アクション[52] | |
| 第12弾[54][55] | 1992年9月[7] | ソルダム | ジャレコ[34] | パズル[54] |
メガシステム1対応製品として発売が予定されていたソフト
| 発売時期(日本) | タイトル | 開発会社 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1991年3月[13] | E.D.F. | ジャレコ[34] | シューティング[13] | |
| 1992年3月[14] | 64番街 | シー・ピー・ブレイン[4] | アクション[14] |
参考文献
- シティコネクション 編『ジャレコ・アーカイブズ』実業之日本社、2016年12月1日。ISBN 9784408112039。
脚注
注釈
- ^ ジャレコは、メガシステム1を「ジャレココンセプトボード」と称していた[1]。
- ^ メガシステム1の設計は、日本マイコン開発の牧洋資が担当した[6]。
- ^ 後継のシステム基板「メガシステム32」に関しては、ジャレコの自社開発である[4]。
- ^ その一方で、『アクションゲームサイド』Vol.3に掲載された2013年のインタビューでは、メガシステム1が展開されていた当時、ジャレコに所属していた開発者は異なる意見を述べている[4]。同インタビューでジャレコで美術を手がけていた衛藤浩二は、『武田信玄』(1988年[7])の開発当時、メガシステム1の性能を確認して「スーパーファミコン」に劣る性能ではないかという感想を抱いたと述べている[4]。その一方で、同社で音楽を手がけていた多和田吏は、その意見に賛同しつつもサウンド面に関しては同時発音数やCPUを例にとり、当時としては高性能なものだったと述懐している[4]。
- ^ なお、ステレオ音声出力端子および、外部通信ポート用コネクタは別に存在する[2]。
- ^ 『E.D.F.』(1991年3月[13])、『64番街』(1992年3月[14])、『サイバトラー』(1993年2月[15])など、メインCPUのクロック周波数など一部を除いて、解析によって基板がメガシステム1と概ね同一性能であることが判明している製品も存在する[16][17][18]。しかし、交換方式というオペレータ側の導入メリットの観点からシステム基板を体系的にまとめた記事である、『ゲームマシン』1994年8月1日号に掲載された「業務用システム基板の経緯とメーカーの対応」では、これらの製品をメガシステム1対応としては扱っていない[3]。また、発売当時に配布されたジャレコのフライヤーにも、これらの製品について「MEGA SYSTEM1 第○弾」の表記は存在していない[19]。なお、チープボードや一部のジャレコの麻雀系製品に採用された基板についても、メガシステム1と技術面が共通していることが判明している[20][21]。
- ^ なお、『ゲームマシン』1992年12月1日号の記事によると、その時点でジャレコは、第12弾の『ソルダム』以降にも1作品の供給を予定していたが、コピー業者にセキュリティを突破されたことを理由にソフト供給の中止を検討しているとコメントしていた[7]。
- ^ なお、『ゲームマシン』1994年8月1日号の記事によると、その時点でジャレコは、メガシステム32の展開と並行して、小規模なタイトルをメガシステム1で供給することも検討していた[3]。
- ^ それぞれの基板の定価は、メガシステム1第1弾『P-47』がマザー基板とROM基板がセットで16万8000円[12]、チープボード第1弾『魔魁伝説』は9万8000円となっていた[23]。
- ^ 『魔魁伝説』の音楽を担当した岡村静良は、チープボードはメガシステム1の販売状況が低調だったために開発された基板であると述べている[25]。
- ^ チープボードは、メインCPUに68000を採用しているが、メガシステム1とは異なり、サウンドCPUに8ビットCPU「Z80」、音源LSIには「YM2203」を採用する1枚基板となっている[20]。
- ^ 1988年10月に開催された第26回「AMショー」では、チープボードの第2弾として『V.S.グレートテニス』が展示されていた[26][27]。しかし、それ以降の展開は確認されていない。
- ^ YM2151はマザー基板側、MSM6295はROM基板側に搭載されている[2]。また、YM2151のD/Aコンバータとして、YM3012が搭載されている[2]。
- ^ 『ゲームマシン』1989年3月1日号の記事では、1989年2月末発売予定と記載されている[37]。
- ^ 『ゲームマシン』1989年6月1日号の記事では、1989年5月22日発売(ROM基板は5月29日)と記載されている[39]。
出典
- ^ a b c d e f g h i j k 「ジャレコ、ニューマザーボード開発」『アミューズメント産業』1988年5月号、アミューズメント産業出版、1988年5月、39頁、doi:10.11501/2874174。
- ^ a b c d e f g h 「マザーボードの謎に迫れ〈第3弾〉ジャレコ メガシステム」『バックアップ活用テクニック』PART17、三才ブックス、1989年12月、116-118頁、ASIN B07C6VMB8S。
- ^ a b c d e f 「現在発売中のシステム基板とソフト一覧」『ゲームマシン』1994年8月1日号(第477号)、アミューズメント通信社、21頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l 有田シュン、吉田明広、プログラマーA君、衛藤浩二、多和田吏、森谷忠明「「メガシステム1世代」ジャレコ関係者 アクションゲーム座談会」『アクションゲームサイド vol.3』、マイクロマガジン社、2013年11月20日、100-107頁、 ISBN 9784896374438。
- ^ a b c d e f 小山祥之 (A.M.P.GROUP)「ジャレコシステム基板 メガシステム1物語」『アクションゲームサイド vol.3』、マイクロマガジン社、2013年11月20日、98-99頁、 ISBN 9784896374438。
- ^ 岡村静良 [@sizllao] (March 2, 2019). “ジャレコのアーケード基板メガシステム──”. X(旧Twitter)より2024年12月7日閲覧.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 「ROM交換による新TVゲームソフト供給方式 業務用システム基板のメーカー各社の対応と展開 これまでに11社が24種類を展開、現在は7社11種類」『ゲームマシン』1992年12月1日号(第439号)、アミューズメント通信社、12-14頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ a b 「AOU'88アミューズメント・エキスポ PREVIEW」『ゲームマシン』1988年3月1日号(第327号)、アミューズメント通信社、8-13頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 「AOU 1988 アミューズメント・エキスポ 出展各社の主力製品紹介」『アミューズメント産業』1988年4月号、アミューズメント産業出版、1988年4月、72-73頁、doi:10.11501/2874173。
- ^ シティコネクション 2016, pp. 12–18, 1988-1992 多彩なアイデアで、業界に新風を吹き込んだジャレコ(著者:小山祥之)
- ^ a b c d 「新 “メガシステム1”第1弾 米、独の空中戦 ジャレコから「P-47」基板」『ゲームマシン』1988年6月1日号(第333号)、アミューズメント通信社、21頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 「ソフト安定供給時代に入ったシステムボード メーカー各社のシステムボード展開を探る。」『アミューズメント産業』1989年2月号、アミューズメント産業出版、1989年2月、69-81頁、doi:10.11501/2874183。
- ^ a b c d 「ジャレコのTV空中戦「EDF」 特殊装備を選択 「シスコヒート」ポニータイプ、UPL製なども」『ゲームマシン』1991年3月15日号(第399号)、アミューズメント通信社、21頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ a b c d 「TV格闘アクションゲーム 探偵が悪を倒す ジャレコから「64番街」基板」『ゲームマシン』1992年3月15日号(第422号)、アミューズメント通信社、25頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 「TVシューティング「サイバトラー」 ロボットが戦闘 ジャレコ、キャビネット「ポニーマークIV」も」『ゲームマシン』1993年3月1日号(第444号)、アミューズメント通信社、29頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ “E.D.F.: Earth Defense Force”. Arcade Database. 2026年3月24日閲覧。
- ^ “64th. Street: A Detective Story”. Arcade Database. 2026年3月24日閲覧。
- ^ “Cybattler”. Arcade Database. 2026年3月24日閲覧。
- ^ シティコネクション 2016, pp. 12–18, チラシコレクション; シティコネクション 2016, pp. 92, 64番街
- ^ a b Nicole Express (2024年12月15日). “East Meets West: The Legend of Makai”. 2024年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ Nicole Express (2026年2月8日). “Story Follows Function: Mahjong Daireikai”. 2026年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ 「TVゲームソフトのROM交換方式 業務用システム基板の動向と各社の展開 これまで36種類、現在11種類が発売中」『ゲームマシン』1998年8月1日号(第569号)(アミューズメント通信社)、10-11頁。オリジナルの2020年5月25日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ a b c d 「新“CBシリーズ”第1弾 魔物倒し姫救う ジャレコの「魔魁伝説」基板」『ゲームマシン』1988年8月1日号(第337号)、アミューズメント通信社、16頁。オリジナルの2019年11月2日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 「ジャレコ、マザーボードシステムの新製品等を発表」『アミューズメント産業』1988年7月号、アミューズメント産業出版、1988年7月、22頁、doi:10.11501/2874176。
- ^ 岡村静良 [@sizllao] (June 25, 2017). “AC魔魁伝説は──”. X(旧Twitter)より2024年12月7日閲覧.
- ^ 「V.S.グレードテニス (株)ジャレコ (第26回アミューズメントマシンショー 出展各社の主力製品紹介)」『アミューズメント産業』1988年11月号、アミューズメント産業出版、1988年11月、71頁、doi:10.11501/2874180。
- ^ a b 「ジャレコ (26th Amusement Machine Show 出展各社写真特集)」『ゲームマシン』1988年11月1日号(第343号)、アミューズメント通信社、8頁。オリジナルの2019年12月1日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ a b 株式会社ジャレコ「戦慄!気分はもう空軍(雑誌広告)」『アミューズメント産業』1989年6月号、アミューズメント産業出版、1989年6月、116頁、doi:10.11501/2874175。
- ^ 大瀬古ヤエ「P-47 THE FREEDOM FIGHTER」『シューティングゲームサイド』第8号、マイクロマガジン社、2013年9月27日、19頁、 ISBN 9784896374391。
- ^ a b 「ジャレコ“メガシステム1”第2弾 チーム選び対戦 TVサッカー「キック・オフ」基板」『ゲームマシン』1988年7月1日号(第335号)、アミューズメント通信社、17頁。オリジナルの2019年11月2日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ “『クラリスディスク』のジャレコアーケードシリーズ第3弾の収録ボーナストラック、全トラックリストを公開”. ファミ通.com. KADOKAWA (2013年11月12日). 2013年11月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ a b 「“メガシステム1” 第3弾 謙信との決着を ジャレコから「武田信玄」基板」『ゲームマシン』1988年8月15日号(第338号)、アミューズメント通信社、17頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 株式会社ジャレコ「8月新登場 武田信玄(新聞広告)」『ゲームマシン』1988年8月1日号(第337号)、アミューズメント通信社、5頁。オリジナルの2019年11月2日時点におけるアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ a b c d e f g 有田シュン、吉田明広、プログラマーA君、衛藤浩二、多和田吏、森谷忠明「元 ジャレコ開発者シューティング座談会」『シューティングゲームサイド』第8号、マイクロマガジン社、2013年9月27日、46-49頁、 ISBN 9784896374391。
- ^ a b 「メガシステム4弾「伊賀忍術伝」 巻物探し世界へ ジャレコ「ポニーMKII28」も」『ゲームマシン』1988年9月15日号(第340号)、アミューズメント通信社、16頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 株式会社ジャレコ「同一サイズで、画面拡大! 縦横切り替えワンタッチ!(新聞広告)」『ゲームマシン』1988年9月1日号(第339号)、アミューズメント通信社、5頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ a b c 「“メガシステム1” 第5弾 巨竜の宇宙戦争 ジャレコの「天聖龍」基板」『ゲームマシン』1989年3月1日号(第351号)、アミューズメント通信社、22頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 株式会社ジャレコ「天聖龍/PONY Mk.II/ARM CHAMPS/PONY CHANGER(新聞広告)」『ゲームマシン』1989年2月15日号(第350号)、アミューズメント通信社、5頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ a b c 「“メガシステム1” 第6弾 虫や魚など撃破 ジャレコ「プラスアルファ」基板」『ゲームマシン』1989年6月1日号(第357号)、アミューズメント通信社、16頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 株式会社ジャレコ「いっしょに7つの国を取り戻しましょ!! プラス アルファ(新聞広告)」『ゲームマシン』1989年6月1日号(第357号)、アミューズメント通信社、4頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ 株式会社ジャレコ「実力!!プロ野球 実力、実践野球登場!!(雑誌広告)」『アミューズメント産業』1989年8月号、アミューズメント産業出版、1989年8月、178頁、doi:10.11501/2874177。
- ^ 「TV野球ゲーム「実力!!プロ野球」基板 実在選手モデル ジャレコ自販機「じゃじゃ丸ポップコーン」も」『ゲームマシン』1989年8月1日号(第361号)、アミューズメント通信社、17頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ a b c 「「破兆」基板、操作性改良し 迫力アクション ジャレコ「ポニー・VHタイプ」も」『ゲームマシン』1989年10月1日号(第365号)、アミューズメント通信社、25頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 株式会社ジャレコ「ビッグラン/テーブルポニー25/破兆(新聞広告)」『ゲームマシン』1989年9月15日号(第364号)、アミューズメント通信社、3頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ シティコネクション 2016, pp. 164–168, ジャレコサウンド その系譜とコンポーザーたち(著者:Hally(VORC))
- ^ 「破兆 (株)ジャレコ (第26回アミューズメントマシンショー 出展各社の主力製品紹介)」『アミューズメント産業』1988年11月号、アミューズメント産業出版、1988年11月、71頁、doi:10.11501/2874180。
- ^ 「“メガシステム1” 5弾「破兆」 魔王復活を阻止 ジャレコ初の両替・メダル貸機も」『ゲームマシン』1988年12月1日号(第345号)、アミューズメント通信社、16頁。オリジナルの2019年11月9日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ a b 「ジャレコ“メガシステム1” 9弾 斧で魔物を倒す 「ザ・ロード・オブ・キング」基板」『ゲームマシン』1989年12月1日号(第369号)、アミューズメント通信社、23頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 株式会社ジャレコ「炎の斧で、魔王の野望を打ち砕け!! ザ・ロード・オブ・キング(新聞広告)」『ゲームマシン』1989年12月15日号(第370号)、アミューズメント通信社、2頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ a b 「“メガシステム1” 第10弾 コミカルな妖精 ジャレコの「ロッド・ランド」基板」『ゲームマシン』1990年4月15日号(第378号)、アミューズメント通信社、21頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 株式会社ジャレコ「妖精物語 ROD・LAND(新聞広告)」『ゲームマシン』1990年4月1日号(第377号)、8頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ a b 「“システム1” 第11弾 幽霊が乗り移る ジャレコの「ファンタズム」」『ゲームマシン』1991年6月1日号(第404号)、アミューズメント通信社、20頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 株式会社ジャレコ「おもしろさ病み憑き ファンタズム 乗り移りアクションゲーム(新聞広告)」『ゲームマシン』1991年5月15日号(第403号)、アミューズメント通信社、7頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ a b 「“メガシステム1” 第12弾 パズル3モード ジャレコ「ソルダム」基板」『ゲームマシン』1992年9月15日号(第434号)、アミューズメント通信社、22頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ “Soldam”. The Arcade Flyer Archive (TAFA). The International Arcade Museum. 2025年11月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年3月24日閲覧。
- ^ 「ジャレコ (28th Amusement Machine Show 出展内容50音順)」『ゲームマシン』1990年10月15日号(第390号)、アミューズメント通信社、12頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 「(株)ジャレコ (第28回アミューズメントマシンショー開幕 各社の出展機種情報)」『アミューズメント産業』1990年10月号、アミューズメント産業出版、1990年9月、90頁、doi:10.11501/2874203。
- ^ 「ジャレコ (29th Amusement Machine Show 出展内容50音順)」『ゲームマシン』1991年10月1日号(第412号)、アミューズメント通信社、14頁。オリジナルの2020年1月31日時点におけるアーカイブ。2024年12月7日閲覧。
- ^ 「(株)ジャレコ (第29回アミューズメントマシンショー開幕 各社の出展機種情報)」『アミューズメント産業』1991年10月号、アミューズメント産業出版、1991年9月、115頁、doi:10.11501/2874215。
- メガシステム1のページへのリンク