DDGMの誕生とGEの猛追
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/12/26 14:17 UTC 版)
「ゼネラルモーターズ・ディーゼル」の記事における「DDGMの誕生とGEの猛追」の解説
1969年2月1日、GMDはカナダ国内の事業体を統合したディーゼル・ディビジョン・オブ・ゼネラルモーターズ・オブ・カナダ(DDGM)(Diesel Division of General Motors of Canada)となった。 北米のディーゼル機関車製造シーンを彩った多くのメーカーは、やがて脱落していくなかで、GMはゼネラル・エレクトリック(GE。のちのGEトランスポーテーション・システム)の猛追にさらされた。GEは初期こそ小型機関車を製造していたが、やがて一級鉄道の幹線用大型機関車も製造を開始した。1991年、アメリカ・カナダ間の自由貿易協定に基づき、EMDはその基幹工場であったラグランジュ工場を閉鎖し、カナダのロンドン工場で製造した機関車をアメリカにも納めることとした。
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