Bandungとは? わかりやすく解説

バンドゥン【Bandung】

読み方:ばんどぅん

バンドン


バンドン【Bandung】


バンドン (インドネシア)

(Bandung から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/08/29 05:44 UTC 版)

バンドン
Kota Bandung
インドネシアの旗
バンドンの市旗 バンドンの市章
市旗 市章
愛称 : Kota Kembang (花街)
標語 : "Bandung Bermartabat ('尊厳')"
位置
バンドンの位置の位置図
バンドンの位置
位置
バンドンの位置(ジャワ島内)
バンドン
バンドン
バンドン (ジャワ島)
バンドンの位置(インドネシア内)
バンドン
バンドン
バンドン (インドネシア)
座標 : 南緯6度54分39秒 東経107度36分32秒 / 南緯6.91083度 東経107.60889度 / -6.91083; 107.60889
行政
インドネシアの旗 インドネシア
  西ジャワ州
  バンドン
市長 ムハマッド・ファランインドネシア語版
地理
面積  
  市域 167.67 km2
標高 768 m
人口
人口 (2021年現在)
  市域 2,606,850人
  備考 統計[1]
その他
等時帯 インドネシア時間(WIB) (UTC+7)
市外局番 022
公式ウェブサイト : https://www.bandung.go.id/

バンドンバンドゥンインドネシア語Kota Bandung、 スンダ語 : ᮊᮧᮒ ᮘᮔ᮪ᮓᮥᮀ)は、インドネシアジャワ島西部にある都市(市)で、西ジャワ州の州都。標高約700メートルの高地に位置する。スンダ人が多数を占めスンダ語が話される「スンダ地方」の中心地であり、バンドン工科大学をはじめとする高等教育機関が集まる学術都市でもある。オランダ植民地時代には政治・経済・文化の拠点として計画的に開発され、当時「ジャワのパリ(Parijs van Java)」と称された。1955年にはアジア・アフリカ会議(バンドン会議)の開催地となった。現在は人口集中や過剰開発に伴い、交通渋滞、排気ガス、廃棄物などの環境問題が顕在化している。

歴史

植民地期以前

バンドン周辺には古くからスンダ人の社会が形成されていた。15世紀のパジャジャラン王国時代にすでに住民が住んでいたという伝承があり、16世紀までこの地域はパジャジャラン王国の勢力圏にあった。

現在のバンドン市街にあたる地域が近代的な都市として発展するのは、オランダ領東インドによる支配が進んだ後である。

植民地都市としての発展

オランダ領東インドによる支配が展開された。

19世紀になると、バンドンはジャワ島西部の行政・経済拠点として整備されるようになった。道路や鉄道などの交通網が整備され、周辺の農業地域と結び付くことで都市としての重要性を高めた。

20世紀初頭には植民地政府による都市計画が進み、行政施設、住宅地、商業施設などが整備された。比較的標高の高い盆地に位置することから、ヨーロッパ人の居住地や保養地としても発展し、当時のバンドンは「ジャワのパリ」を意味するParijs van Javaと呼ばれることがあった。

この時期にはバンドン工科大学の前身にあたるバンドン工業高等学校などの教育機関も設置され、バンドンは教育・研究の中心地としての性格を強めた。

インドネシア独立戦争

第二次世界大戦後、インドネシア独立戦争が始まると、バンドンはインドネシア共和国側とオランダ側の勢力が対立する地域の一つとなった。

1946年3月には、インドネシア側の部隊と住民がバンドン南部を中心に市街地を焼却して撤退する出来事が起きた。この出来事はバンドン火の海事件インドネシア語: Bandung Lautan Api)と呼ばれている。

バンドン火の海事件は、インドネシア独立戦争を象徴する出来事の一つとなり、後にインドネシアの国民的記憶の中で位置付けられるようになった。この出来事に関連して成立した歌曲「ハロ・ハロ・バンドン」も広く知られている。

独立後とバンドン会議

インドネシア独立後、バンドンは西ジャワ州の州都として行政・経済・教育の中心地となった。

1955年4月には、バンドンのムルデカ会館アジア・アフリカ会議が開催された。アジア・アフリカ会議にはアジア・アフリカ地域の多数の国・地域の代表が参加し、植民地主義人種差別、国際平和などが議論された。会議の開催地となったことから、バンドンは非同盟運動の歴史とも関連する都市として知られる。

その後もバンドンは西ジャワ州の主要都市として人口を増加させ、周辺のチマヒなどを含む都市圏が形成された。

2020年代のトピック

  • 2025年8月 - 首都ジャカルタで発生した反政府デモが各地で活発化[2]。8月29日には、バンドン市内においても大規模なデモが行われた[3]

地理

首都ジャカルタから東南に約200キロメートル離れた都市であり、南緯6度9分、東経107度6分付近に位置する。中心地の標高は海抜700メートルで、四方を標高2,000メートルクラスの山々に囲まれた盆地状の地形をなしている。

ジャカルタからは南東方向に位置し、両都市の間には道路・鉄道による交通網が形成されている。バンドン盆地は周囲を山地に囲まれているため、都市の拡大とともに市街地の高密度化や交通問題などが生じている。

市内にはチカプンドゥン川などの河川が流れ、周辺地域を含めた水系はチタルム川流域に属する。

気候

標高700mの高原にあるため気温はジャカルタより5℃くらい低い。熱帯にありながら涼しく過ごしやすい環境である。ケッペンの気候区分では熱帯モンスーン気候(Am)に属する。

バンドン(フセイン・サストラネガラ空港、気温1972-1994年、降水量1957-1994年)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C°F 32.2
(90)
31.1
(88)
32.2
(90)
30.6
(87.1)
31.1
(88)
30.6
(87.1)
30.6
(87.1)
31.1
(88)
32.8
(91)
34.4
(93.9)
33.9
(93)
31.1
(88)
34.4
(93.9)
平均最高気温 °C°F 27.2
(81)
26.7
(80.1)
27.2
(81)
27.8
(82)
27.8
(82)
27.8
(82)
27.8
(82)
28.3
(82.9)
28.9
(84)
28.9
(84)
27.8
(82)
27.2
(81)
27.8
(82)
日平均気温 °C°F 23.3
(73.9)
23.1
(73.6)
23.3
(73.9)
23.6
(74.5)
23.3
(73.9)
22.8
(73)
22.5
(72.5)
22.8
(73)
23.3
(73.9)
23.6
(74.5)
23.3
(73.9)
23.3
(73.9)
23.2
(73.8)
平均最低気温 °C°F 19.4
(66.9)
19.4
(66.9)
19.4
(66.9)
19.4
(66.9)
18.9
(66)
17.8
(64)
17.2
(63)
17.2
(63)
17.8
(64)
18.3
(64.9)
18.9
(66)
19.4
(66.9)
18.6
(65.5)
最低気温記録 °C°F 15.0
(59)
15.6
(60.1)
15.0
(59)
13.9
(57)
13.9
(57)
11.7
(53.1)
11.1
(52)
11.7
(53.1)
11.7
(53.1)
13.9
(57)
12.8
(55)
15.0
(59)
11.1
(52)
降水量 mm (inch) 240.0
(9.449)
255.0
(10.039)
239.0
(9.409)
143.0
(5.63)
116.1
(4.571)
102.1
(4.02)
69.1
(2.72)
56.9
(2.24)
50.0
(1.969)
151.1
(5.949)
200.9
(7.909)
215.1
(8.469)
1,838.3
(72.374)
出典:Sistema de Clasificación Bioclimática Mundial[4]

行政

バンドンは西ジャワ州の州都であり、インドネシアの行政区画上はバンドン市として独立した自治体を構成する。

市域は複数の行政区(インドネシア語: kecamatan)に区分されている。バンドン市の周辺には西バンドン県バンドン県スメダン県などが位置しており、市域を中心として広域的な都市圏が形成されている。

経済

バンドンは西ジャワ州の行政・商業・サービス業の中心地である。植民地期以来、周辺農村地域との交易や農産物加工を基盤として発展してきた。

現在の都市経済では、商業、サービス業、教育、観光、製造業などが重要な位置を占める。また、都市圏の拡大に伴って周辺自治体との経済的・人的な結び付きも強くなっている。

観光

  • ホワイトクレーター (Kawah Putih)
Kawah Putih Ciwidey

交通

  • 空港
フセイン・サストラネガラ空港
  • 道路
2005年にチカンペック - バンドンに高速道路が開通。渋滞が発生しなければジャカルタから高速バスで約2時間。
  • バス
バンドン市およびチマヒ市の一部で、都市バスであるトランスメトロバンドンが運行されている。バンドン市運輸局の下部機関である地域公共サービス機関(BLUD)地方技術実施単位(UPTD)交通部門によって管理・運営されている。[5]
やや両都市の中心市街地から離れた場所に駅がつくられたものの、ジャカルタとバンドンを高速鉄道で結ぶジャカルタ-バンドン高速鉄道が2023年に完成した。
ジャカルタからボゴール-バンドン-ジョクジャカルタ-スラバヤを結ぶ路線の一部として1884年にジャカルタ - バンドン間が開通、1894年にはジャカルタ-スラバヤが全通した。その後1934年にブカシ-チカンベックを経由するルートも開通した。1917年に蘭印国鉄本社がジャカルタから当地に移転、今も国営鉄道会社本社がある。しかしジョクジャカルタ - クロヤ(バンドンから東に284キロメートル) - チレボン経由ジャカルタへのルートが主力になり、幹線からローカル線に格下げされる。ボゴール経由のルートは老朽化によるトンネル崩落や鉄橋の強度不足などで一部区間が不通。ジャカルタとはチカンベック経由で173キロメートルの距離にあり所要時間は約3時間である。これはチカンペック - バンドン間は700メートルの標高差があり、線路が九十九折になっていて最高速度が時速50キロメートルに制限された区間があること、ジャカルタ都市圏通勤路線との線路共用で飽和状態のためである。共用区間のマンガライ駅 - ブカシ駅間で複々線化工事が行われており、完成後は改善される見込み。

教育・研究

  • バンドン工科大学(Institut Teknologi Bandung)--理工系の国立大学。前身はオランダ領東インド時代の1920年に設立された「バンドン工業高等学校(Technische Hoogeschool te Bandung)」で、インドネシアの初代大統領スカルノもこの学校を卒業している。インドネシアで最も人気が高く、最も入りにくい大学である。
  • パジャジャラン大学(Universitas Padjadjaran)--1957年に開学した国立大学。初代学長はインドネシア民族主義運動や独立初期の国政で活躍したイワ・クスマ・スマントリ。
  • インドネシア教育大学(Universitas Pendidikan Indonesia) --旧バンドン教育大学(IKIP-Bandung)。略称は「UPI」。

関連文献

  • 村井吉敬『スンダ生活誌 - 変動のインドネシア社会』、NHKブックス、1978年
  • アイプ・ロシディ『スンダ・過ぎし日の夢』、粕谷俊樹訳、めこん、1987年
  • 古賀俊行 『インドネシア鉄道の旅 魅惑のトレイン・ワールド』、潮書房光人社、2014年7月

姉妹都市

脚注

  1. statisticstimes”. 2022年12月16日閲覧。
  2. インドネシア大統領、訪中取りやめ 首都デモが各地に拡大”. ニューズウィーク (2025年8月31日). 2025年9月8日閲覧。
  3. 大規模デモ情報(ジャカルタ首都特別州、西ジャワ州、中部ジャワ州、ジョグジャカルタ特別州、西カリマンタン州等:8月30日)”. 在インドネシア日本国大使館 (2025年8月30日). 2025年9月8日閲覧。
  4. INDONESIA - HUSEIN SASTRANEG”. Centro de Investigaciones Fitosociológicas. 2016年6月26日閲覧。
  5. バンドン市政府、新たなトランスメトロバンドン路線を開設へ”. 2019年1月11日閲覧。

関連項目


Bandung

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/16 18:22 UTC 版)

バンドン」の記事における「Bandung」の解説

バンドン (インドネシア) - インドネシア都市バンドン会議 - アジア・アフリカ会議通称 バンドン (飲料)(英語版) - 練乳にローズシロップを加えたマレーシアなどで人気飲料

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「Bandung」を含む「バンドン」の記事については、「バンドン」の概要を参照ください。

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