60 - 61年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/28 17:30 UTC 版)
「ブーディカ」も参照 60/61年に勃発した2度目の反乱はより大規模なものだった。プラスタグス王の死に乗じ搾取と圧政を強めたローマに対し、彼の未亡人ブーディカが近隣の諸族と同盟し蜂起した。イケニ族やトリノヴァンテス族を中心としたブリタンニア軍はローマの植民地カムロドゥヌム(現コルチェスター)、ロンディニウム、ヴェルラミウム(現セント・オールバンズ)を破壊し、多くのローマ人を殺害した。その過程で規模を膨らませた反乱軍であったが、ワトリング街道の戦いでガイウス・スエトニウス・パウリヌス率いるローマ軍に大敗した。
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