3人目の子供について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/31 04:51 UTC 版)
『正集』に集首されている、「この世には いかがさだめん おのづから 昔をとはん 人にとへかし(正七九七)」の歌は、とある人物に「どの男の子供であったと決めましたか」と尋ねられた際の返事であるが、小式部内侍が生まれた時のものとする説が存在する。しかし、和泉式部の子として確認できるのは小式部内侍と石蔵宮の2人であるが、2人とも父親がわからないような状況で生まれた子ではないため、2人以外にも子供を産んだ機会があったと推察できる。時期は、道貞と別れ帥宮と付き合う前か、帥宮の死後、保昌との関係が安定する前であると考えられる。
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