龍渓院とは? わかりやすく解説

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龍渓院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/25 06:59 UTC 版)

龍渓院

龍渓院本堂
(2022年(令和4年)4月)
所在地 愛知県岡崎市桑原町字大沢26
位置 北緯35度1分28.579秒 東経137度11分10.970秒 / 北緯35.02460528度 東経137.18638056度 / 35.02460528; 137.18638056座標: 北緯35度1分28.579秒 東経137度11分10.970秒 / 北緯35.02460528度 東経137.18638056度 / 35.02460528; 137.18638056
山号 大澤山
宗派 曹洞宗
本尊 聖観音
創建年 1444年文安元年)
開山 茂林禅師
開基 土井九郎左衛門
法人番号 2180305001038
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龍渓院(りゅうけいいん)は、愛知県岡崎市桑原町にある曹洞宗寺院

概要

1444年文安元年)、豪族の土井九郎左衛門が開基となり、山林約60ヘクタール、田畑約1ヘクタールを寄進して伽藍を建立して、茂林(もりん)芝繁禅師をたのんで開山した。本寺は静岡県森町大洞院[1]

1544年天文13年)に火災で焼失。1550年(天文19年)、松平広忠によって本堂が再興された。1602年慶長7年)、徳川家康より朱印地20石を拝領する[2]

1687年貞享4年)、江南和尚の寄進によって経堂が建てられた。1691年元禄4年)、山門が建立された。

末寺には徳川譜代大名の香華所となった寺院が多く、この地域の禅宗信仰の中心となった。明治時代から独住制となった。

参道左手には樹齢200年を越す杉の大木が20m程の高さにそびえている。右手の崖には苔むした十六羅漢が立ち並ぶ。龍渓院は池を埋めたてたところに建てられたために、苔が必要とする湿気が十分に得られ、境内一面に苔が生えている。それゆえ「岡崎の苔寺」とも呼ばれる[3]

交通手段

ギャラリー

脚注

  1. ^ 『岡崎 史跡と文化財めぐり』, pp. 204–205.
  2. ^ 『新編 岡崎市史 近世 3』新編岡崎市史編さん委員会、1992年7月1日、117頁。 
  3. ^ 龍渓院・杉木立”. 岡崎おでかけナビ. 岡崎市観光協会. 2022年1月5日閲覧。

参考文献

  • 『岡崎 史跡と文化財めぐり』岡崎市役所、2003年1月1日。 



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