韋駄天堂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 08:00 UTC 版)
瑞龍寺創建当時、現在大庫裏内の厨子に安置されている韋駄天像を安置していた建物。富山市郷土博物館の学芸員が、金沢市立玉川図書館所蔵の、瑞龍寺の伽藍建設中の1660年(万治3年)7月14日に作成された加賀藩の古文書(報告書の写し)より存在を発見したもので、報告書の写しはほぼ同じ内容のものが2通見つかっている。これによると、1660年(万治3年)6月6日より瑞龍寺建設工事に帯同し高岡に滞在した加賀藩横目役2名が、上司の大横目にそれぞれ宛てた報告書を控えとして写したもので、同年7月13日までに韋駄天堂とともに、鎮守堂、衆寮が完成したと記録されている。韋駄天堂は高さ約4mの禅宗様式の独立したお堂に近い建物とされ、廃絶された理由はよくわからないが、韋駄天像は当初韋駄天堂に安置された後、大庫裏内に移設されたものと思われる。
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