西ゴート王国の反撃
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/27 19:02 UTC 版)
「フランク・西ゴート戦争」の記事における「西ゴート王国の反撃」の解説
496年、フランク人はトルビアックの戦いでアレマン人と衝突し、勝利したものの自身も大打撃をこうむった。同時に国内でも混乱が起きたとみられている。この隙をついて、アラリック2世はすみやかにボルドー、サント、ポワチエを奪回した(トゥールが以前奪われていたとすれば、これも西ゴート王国のもとに戻った)。こうして戦争はほとんどふりだしに戻ったが、ナントはアルモリカ人の手に落ちたとみられている。
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