芳賀美里とは? わかりやすく解説

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芳賀美里

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/06 07:45 UTC 版)

芳賀 美里(はが みさと、1979年2月15日 - )は、日本のレーシングチーム監督、実業家、元タレント、元レースクイーン[1]岩手県出身[2]

経歴

10代の頃に芸能活動を始め、アイドルモデルとしてタレント活動を行っていたが、憧れていたモータースポーツへ関わりたいとの思いからレースクイーンに転じ、SUPER GTのレースクイーンとして活動[2]。後にレースクイーンを派遣する芸能事務所を設立し、スポンサーを集めながら国内外のレースへの参戦を目指す中で元F1ドライバーのジャン・アレジによるレーシングドライバー育成プロジェクトの日本でのリーダーとなり、まず国内で最も集客力の高いSUPER GTへの参戦を決める[2]

2005年、ディレクシブ・モータースポーツのチーム代表兼監督に就任。ジャン・アレジをシニアエグゼクティブディレクターとして迎え、F1を目指す唯一の女性チーム代表として、拠点をモナコに移し精力的に活動を続けた。ディレクシブは、日本では2005年からSUPER GTに、さらに翌年にはSUPER GTに加えフォーミュラ・ニッポンにも参戦し、ヨーロッパにおいてもGP2(現在のF2)やF3へ進出[2]。さらに、最大の目標となるF1参戦にあたってはマクラーレンのセカンドチームの形を計画し[3]、マクラーレンの旧ファクトリーや型落ちマシンを使用、当時マクラーレンの育成ドライバーであったルイス・ハミルトンをGP2からF1へステップアップするまでサポートするというプロジェクトを予定していた[2]

しかし、2006年にF1へのエントリーが却下されると、目標を失ったディレクシブは2006年のシーズン途中で全てのレースから撤退し、芳賀も監督業から身を引いたが[2]、翌2007年にGT300クラスのAVANZZA × BOMEXチームの監督としてレース界に復帰[4]。2008年には日産系のMOLAチームの監督に就任し、GT300クラスのシリーズチャンピオンを獲得。これを機にモータースポーツ活動に一区切りをつけ、美容業界へ転身。渡韓し美容関連の企業を設立・経営するなどしていた[4]

2009年以降10年以上モータースポーツから離れていたが、ビーズソファーを展開するYogiboの日本代理店・ウェブシャークのマーケティングや広報を担当していた際に、YogiboのPRの一環としてSUPER GTへ参戦することが決定し、監督業へ復帰することとなった[4][5]

2021年、Yogibo Racingと道上龍率いるDrago CORSEとのジョイントチーム、Yogibo Drago CORSEの監督としてSUPER GT GT300クラスへ参戦[5]

2022年はチームの活動の場をSUPER GTからGTワールドチャレンジ・アジアへ移し、引き続き監督として活動したが[6]、2023年シーズン終了後にYogiboがモータースポーツから撤退を決めたため、芳賀は2024年に自らのチームとして「MKS RACING」を設立した。

2025年はMKS RACINGが木村武史率いるCARGUY Racingとジョイントし、「CARGUY MKS Racing」としてSUPER GT・GT300クラスに参戦することになった。SUPER GTには2021年以来の復帰となる。

エピソード

ディレクシブ時代の写真やデータが保存されたパソコンなどは岩手県の実家に置いてあったが、その実家は2011年東日本大震災津波の被害を受け流されてしまい、全て消失してしまった。唯一残っているのは、2006年のSUPER GTの岡山国際サーキットラウンドで優勝したときのトロフィーのみだという[4]

脚注

関連項目

外部リンク




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