縄果とは? わかりやすく解説

繩果

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/13 06:15 UTC 版)

繩果(ジェンガ)
続柄 太祖阿骨打三男

全名 完顔宗峻
称号 汴王
出生 不詳
死去 天会元年7月9日1124年8月18日
配偶者 恵昭皇后 蒲察氏
子女 合剌(ホラ)、常勝、査剌
父親 太祖阿骨打
母親 聖穆皇后 唐括氏
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繩果(ジェンガ)は、皇族。漢名は宗峻。太祖阿骨打(アクダ)の三男。母は聖穆皇后唐括氏。爵位汴王

生涯

嫡子であったために父の太祖阿骨打から正式な後継者と定められ、父に従軍して功績を立てる。後に叔父の2代呉乞買(ウキマイ)に従軍して、中京大定府西京大同府を攻略中に、重傷を負った。天会元年(1124年)7月、それが原因で破傷風に罹り、間もなく死去した。

なお、繩果の未亡人の蒲察氏は異母兄の斡本(オベン、漢名は宗幹)に再嫁した。そのために斡本は2人の甥の養父となり、その後見役となった。

長男の合剌(ホラ)が第3代金朝皇帝熙宗として即位すると、彼は亡父に対して、徽宗廟号景宣皇帝諡号を贈った。

宗室

妻妾

  • 恵昭皇后 蒲察氏

子女

  • 熙宗 合剌(亶)
  • 胙王 常勝(元)
  • 査剌

縄果(シェンガ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/24 23:41 UTC 版)

大水滸シリーズの登場人物」の記事における「縄果(シェンガ)」の解説

楊令伝阿骨打長子作中には名前のみ登場病弱なため若くして死去粘罕らによって息子合剌皇太子として擁立される。史実では対遼戦の傷がもとで病死している。

※この「縄果(シェンガ)」の解説は、「大水滸シリーズの登場人物」の解説の一部です。
「縄果(シェンガ)」を含む「大水滸シリーズの登場人物」の記事については、「大水滸シリーズの登場人物」の概要を参照ください。

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