米本昌史とは? わかりやすく解説

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米本昌史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/20 05:17 UTC 版)

よねもと まさし

米本 昌史
第64回宝塚記念表彰式(2023年6月25日)
生誕 (1975-01-21) 1975年1月21日(49歳)[1]
日本 東京都[1]
職業 実業家
肩書き 有限会社シルクレーシング代表取締役社長
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米本 昌史(よねもと まさし、1975年1月21日[1] - )は、日本実業家馬主。有限会社シルクレーシング代表。

経歴

東京都出身[2]不動産業界を経て、2012年1月にノーザンファームに入社。2013年1月からシルクレーシングに携わり、2014年8月に代表取締役社長に就任[3]

代表就任後、クラブの成績は急上昇。2018年にはアーモンドアイが牝馬三冠を達成するなど躍進を遂げた。活躍馬には従来の常識を覆すローテーションも目立ち、「僕自身この仕事の経験がそこまでない分、皆さんの言われる『常識』がそこまで染みついていないのかもしれません」と述べている[2]

人物

ノーザンファーム代表の吉田勝己の娘婿にあたる[4]

クラブ代表という立場から、同一レースに複数の所属馬が出走する場合も特定の馬に肩入れすることはせず、「会員さんがそれぞれ違うし、どちらが勝ってもうれしいものです」[5]「会員と一緒に喜びを分かち合えるのが一番」[6]と語っている。

これまでに見た印象的なレースとして、ジェンティルドンナオルフェーヴルが壮絶な叩き合いを見せた2012年ジャパンカップを挙げている。趣味はゴルフ[3]

脚注

注釈

出典

  1. ^ a b c 【ジャパンC】シルクR米本代表インタビュー「想像すればするほど楽しみ」”. サンスポZBAT. サンケイスポーツ (2020年11月28日). 2023年4月2日閲覧。
  2. ^ a b 頂点目指して いざ世界ナンバーワンへ シルクレーシング米本昌史代表”. 競馬ラボ (2019年3月27日). 2019年10月11日閲覧。
  3. ^ a b 【日本ダービー シルクレーシング米本昌史代表インタビュー】ブラストワンピース、常識覆すローテーションで無敗王者狙う”. スポーツ報知 (2018年5月22日). 2019年10月11日閲覧。
  4. ^ 『週刊競馬ブック』2992号(第56巻20号)2018/5/20「オークス・平安S」,株式会社ケイバブック,2018,「小島友実のホースマンインタビュー シルクレーシング・米本昌史氏」
  5. ^ 【安田記念】2頭出しシルクR代表 インディVに笑顔「どちらが勝ってもうれしい」”. スポーツニッポン (2019年6月3日). 2019年10月11日閲覧。
  6. ^ 【安田記念】シルクR・米本代表、祐一と表彰台願っていた”. サンケイスポーツ (2019年6月3日). 2019年10月11日閲覧。

関連項目




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