稲垣敦とは? わかりやすく解説

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稲垣敦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/22 10:18 UTC 版)

稲垣 敦
Atsushi Inagaki
名古屋ダイヤモンドドルフィンズ AC
役職 アシスタントコーチ
基本情報
国籍 日本
生年月日 (1984-04-16) 1984年4月16日(38歳)
出身地 東京都
身長(現役時) 158cm (5 ft 2 in)
体重(現役時) 56kg (123 lb)
選手経歴
2008-2009
2009-2010
2010-2011
2012
2013-2015
2015-2016
埼玉ブロンコス
Seattle Zhen Gan(ABA)
Ammerud Basket
Monteporzio basket
富山グラウジーズ
横浜ビー・コルセアーズ
指導者経歴
2017-2018
2018-2020
2021-
群馬クレインサンダーズAC
栃木ブレックスAC
名古屋ダイヤモンドドルフィンズAC

稲垣 敦(いながき あつし、1984年4月16日 - )は、日本のバスケットボール選手、指導者である。2008年にbjリーグ埼玉ブロンコスと契約して、プロ選手になる。2009年にはノルウェーのアムルー・バスケットノルウェー語版と契約し、日本人の男子選手として初めてヨーロッパのトップリーグでプレイした選手になった。横浜ビー・コルセアーズに在籍していた2015-16シーズン途中に負傷し、その後無所属のまま選手復帰を目指していたが、2017年6月に現役を引退した。引退後は指導者に転身し、2019年のNBAサマーリーグではニューオーリンズ・ペリカンズのコーチも務めた。現在は名古屋ダイヤモンドドルフィンズでアシスタントコーチを務めている。

選手時代の身長は158cm、体重56kgで、ポジションはポイントガード。bjリーグ所属時には、リーグで最も背の低い選手だった。

来歴

東京都出身。中学校入学とともにバスケットボールを始め、部活動の他マイケル・ジョーダンが主催するバスケットボール教室「マイケル・ジョーダン・フライトスクール」にも参加し技術を磨いた[1]

筑波大学附属高等学校に進むが、3年次でアメリカに渡り、ミシガン州のサットンズベイ高校に入学。1年で卒業し、その後サンタモニカカレッジを経てNCAA2部のカリフォルニア州立大学チコ校に入学した[1]

卒業後、ラスベガスで行われたbjリーグのトライアウトを受験し、その結果埼玉ブロンコスにスカウトされ入団した[2]。しかし入団前に負った足首の怪我の影響などもあり出場機会に恵まれず[3]、1シーズンで退団[4]。2010年11月からノルウェートップリーグBLNO英語版に属するアムルー・バスケットノルウェー語版と契約。日本人の男子選手として初めてヨーロッパのトップリーグでプレイした[5][6]

2012年初頭にはイタリア・セリエCのMonteporzio basketでプレイしチームのプレイオフ進出に貢献するも、査証の問題からシーズン途中で退団を余儀無くされた[7]

2013年8月、bjリーグの富山グラウジーズと契約した[8]

2015年7月、横浜ビー・コルセアーズに移籍。2016年2月にアキレス腱断裂をおこす[9]。シーズン終了後、横浜は稲垣との契約を更新せず、稲垣は自由契約選手となった。

その後も稲垣はチームに所属しないまま復帰を目指し練習していたが、2017年6月、自身のブログで、引退し指導者を目指すことを発表した[10]

2017年8月、稲垣は群馬クレインサンダーズと契約し、通訳兼アシスタントコーチに就任した[11]

2018年7月、リンク栃木ブレックスのアシスタントコーチに就任[12]。2019年のNBAサマーリーグでは、ニューオーリンズ・ペリカンズの選手として参加していたブレックスの比江島慎をサポートするため渡米し、ペリカンズのコーチとしてベンチ入りした[13]。その後、稲垣は2019-20シーズンの終了をもって退任した[14]

2021年6月、名古屋ダイヤモンドドルフィンズのアシスタントコーチに就任。

脚注

  1. ^ a b 158cm...ビハインドからのバスケ人生でつかんだ"日本人初"欧州トップリーグ(中編)”. クラッチタイム (2010年10月29日). 2013年6月20日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年8月30日閲覧。
  2. ^ “選手契約締結および基本合意のお知らせ” (プレスリリース), 埼玉ブロンコス, (2008年10月9日), http://broncos.sailog.jp/topics/2008/10/post-d31b.html 2013年8月30日閲覧。 
  3. ^ 158cm...ビハインドからのバスケ人生でつかんだ"日本人初"欧州トップリーグ(後編)”. クラッチタイム (2010年11月3日). 2013年6月20日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年8月30日閲覧。
  4. ^ “選手契約満了のお知らせ” (プレスリリース), 埼玉ブロンコス, (2009年6月30日), http://broncos.sailog.jp/topics/2009/06/post-b979-1.html 2013年8月30日閲覧。 
  5. ^ 158cm...ビハインドからのバスケ人生でつかんだ"日本人初"欧州トップリーグ(前編)”. クラッチタイム (2010年10月25日). 2013年6月20日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年8月30日閲覧。
  6. ^ 日本人女子選手は、2000年にイタリア・セリエAのチームと契約した加藤貴子の例がある。
  7. ^ 海外を目指す選手の化学反応 ー 稲垣 敦×田渡 凌 ー Part.1”. クラッチタイム (2012年6月1日). 2013年5月11日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年8月30日閲覧。
  8. ^ “13-14シーズン選手契約基本合意(新規)” (プレスリリース), 富山グラウジーズ, (2013年8月6日), http://grouses.jp/news/2013/08/06/26777 2013年8月30日閲覧。 
  9. ^ YokohamaBcorsairsの投稿(1007304675997674) - Facebook
  10. ^ Retiring” (2017年6月21日). 2017年6月29日閲覧。
  11. ^ 海外リーグでのプレー経験を持つ稲垣敦氏、群馬の通訳兼ACに就任”. バスケットボールキング. フロムワン (2017年8月9日). 2017年11月28日閲覧。
  12. ^ 稲垣 敦氏、リンク栃木ブレックス アシスタントコーチ就任のご報告” (日本語). 宇都宮ブレックス. 2020年2月23日閲覧。
  13. ^ NBAサマーリーグのコートに立った28歳の評価 前編” (2020年5月20日). 2021年6月18日閲覧。
  14. ^ “稲垣アシスタントコーチ、契約満了のお知らせ” (プレスリリース), (2020年6月4日), https://www.utsunomiyabrex.com/news/detail/id=16985 2021年6月18日閲覧。 

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