神戸市兵庫区の牛頭天王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 00:12 UTC 版)
神戸市における民族信仰の変遷ほか(福原会下山人 郷土史話シリーズにつぎのような記述がある。 今日のような安全な道路となつたのであるが、昔日の天王谷越の有様を見てみよう。天王谷の名のおこりについてはつぎのような伝説がある。天王川の上流である水源地東にある小部に字渦輪という小盆地(燈篭茶屋)があり、その西の岡の上に牛頭天王の社がある。 むかし、この地には一面の大湖沼があつて、悪竜が棲み人を害したが、その時午頭天王が現われて湖堤の口を切り開たので、竜は雲に乗つて再度山の蛇谷に移住した。午頭天王が切り開いたところを竜の口といい、いまもなお残つていると伝える。このことは、弘安年中(1278-)にこの地を開柘して田・地を作つた東小部の前田家に蔵する子文書に明らかである。これからのち、伝説のままに牛頭天王は、産土神としてあがめられ、この谷を天王谷といい、川を天王川と呼んだのである。
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