甲陽軍鑑における記載
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/23 05:27 UTC 版)
「甲陽軍鑑」品第17には、「武田法性院信玄公御惣人数の事」として、武田信玄の家臣団について記載されており、伊藤玄蕃は、その中における「二十人頭」の1人である。「二十人頭」には、10名が掲載されている。この他、品第35には、永禄12年(1569年)の「三増峠の戦い」において敵(北条方)の武者を同僚とともに生捕ったことが記載されている。
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