独立ロシア正教会の成立
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 00:55 UTC 版)
「ロシア正教会の歴史」の記事における「独立ロシア正教会の成立」の解説
イシドールの追放後、モスクワ大公ヴァシーリー2世は1448年、ロシア主教会議を招集し、新しい府主教イオナ(1448-1461)を着座させた。その後、ロシア正教会はコンスタンティノープル総主教庁から自治独立権を有するようになった。ただしこの時は、他の正教会から自治独立を承認されてはおらず、事実上の自治独立という形であった。ヴァシーリー2世は幾度もコンスタンティノープル総主教庁にロシア正教会の独立を認めるよう辞を低くして要請していたが、この直後、東ローマ帝国は滅亡し(1453年)、オスマン帝国の支配下に置かれたコンスタンティノープル総主教庁にはそのような重要な決定を下せるような余裕はなかった。
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