植村氏義とは? わかりやすく解説

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植村氏義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/25 13:24 UTC 版)

 
植村氏義
時代 戦国時代
生誕 不明
死没 不明
別名 新六郎[注釈 1][3][2]
戒名 安忠[4][5]、勇頓[2]
官位 飛騨守[6]
主君 松平長親信忠清康
氏族 植村氏
父母 植村持益[4][3][2]
氏明本多忠高の妻、安重、泰職[7]
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植村 氏義(うえむら うじよし)は、戦国時代三河国武将松平氏の家臣。

略歴

三河植村氏美濃守護土岐氏の庶流を称し、明応2年(1493年)持益が三河国碧海郡北本郷に住んだことに始まるとされている[1][8][2]。氏義は持益の六男で、父と同様に安祥城松平氏に仕えた。岡崎城に移った松平清康の代には岡崎五人衆の一人に数えられている。また氏義は松平氏の菩提寺でもある大樹寺の檀那としての活動が散見され、土地の寄進・売却のほか永正17年(1520年)には松平信忠より別時念仏の興行に合力する旨を伝える文書が残っている。天文4年(1536年)の大樹寺への多宝塔奉加にも名を連ねている[9][6]

脚注

注釈

  1. ^ 通称を新太郎、あるいは新五郎とする説もある[1][2]

出典

  1. ^ a b 『安城市史』, p. 257.
  2. ^ a b c d e 『寛政重修諸家譜』, p. 173.
  3. ^ a b 『新編岡崎市史』, § 植村氏義.
  4. ^ a b 『安城市史』, p. 258.
  5. ^ 『新編岡崎市史』, p. 624.
  6. ^ a b 『新編岡崎市史』, pp. 624–625.
  7. ^ 『寛政重修諸家譜』, pp. 173–174.
  8. ^ 『新編岡崎市史』, p. 623.
  9. ^ 『安城市史』, pp. 257–258.

参考文献




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