林長二郎事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 08:57 UTC 版)
東宝は設立時、天下の二枚目こと松竹の林長二郎をはじめ、多くのスターを驚くほどの高給で他社から引き抜いた。 1937年11月12日、長二郎が、左顔面を耳下から鼻の下にかけて斜めに切りつけられ、骨膜に達する重傷を負う。犯人のヤクザ松本常保は、同年秋、長二郎が松竹から東宝に移籍したことから、松竹系の新興キネマ京都撮影所長の永田雅一らに教唆され、犯行におよんだものと判明した。 松本はこの事件で実刑を受けたが、後に刊行した自伝「みなさんありがとう」において「犯行に荷担していない」と表明している。事件後、長二郎はこの名を松竹に返し、本名の長谷川一夫を名乗るようになった。
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