東フランケン大公
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/03/29 16:47 UTC 版)
1079年、ハインリヒ4世が娘アグネスの婚約者であったホーエンシュタウフェン朝のフリードリヒに大公位を与えて成立した(後にシュヴァーベン大公も兼ねた)。ローテンブルクを居城としたためローテンブルク大公とも呼ばれる。1196年以降任命されず、やがて大公領は分裂していった。1442年以降ヴュルツブルク司教が東フランケン大公位を称したが、これは正式なものではなかった。
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