杉山神社 (横浜市南区南太田)とは? わかりやすく解説

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杉山神社 (横浜市南区南太田)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/30 15:53 UTC 版)

杉山神社 すぎやまじんじゃ


神社本殿

所在地 神奈川県横浜市南区南太田2-7-29
位置 北緯35度26分7.9秒 東経139度36分30.1秒 / 北緯35.435528度 東経139.608361度 / 35.435528; 139.608361 (杉山神社)座標: 北緯35度26分7.9秒 東経139度36分30.1秒 / 北緯35.435528度 東経139.608361度 / 35.435528; 139.608361 (杉山神社)
主祭神 日本武尊など
社格 村社
別名 太田杉山神社、横濱水天宮
例祭 8月24日
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杉山神社の鳥居

杉山神社(すぎやまじんじゃ)は、神奈川県横浜市南区南太田にある神社太田杉山神社(おおたすぎやまじんじゃ)、横濱水天宮(よこはますいてんぐう)とも呼称される[1][2]

概要

杉山神社の創建は不詳だが、1376年永和2年)6月に益田大江助が社殿を再建したとする棟札が残っていたため、それ以前に遡る[3]。杉山大明神として地域の崇敬を集め、寛永年間(1624年〜1644年)に大光寺が別当寺となる[2]1869年明治2年)、社号を杉山神社と改め、1873年(明治6年)に村社に列格[2]

水天宮は貞享年間(1684年~1687年)の創建とされ、明治の初め、河野与七がこの地を開拓するにあたり旧体を発見し、社殿を建立して再興した[3]

どちらも1945年(昭和20年)5月29日の横浜大空襲により全焼、杉山神社は1958年(昭和33年)に再建するが、水天宮の方は境内地を進駐軍に接収されたため、河野与七の子孫の屋敷に仮社殿を造営し、杉山神社の神官により祭事を執り行う形になり、後の1998年(平成10年)に杉山神社に相殿神として合祀された[3][2]

祭神

杉山神社
横浜水天宮

脚注

  1. ^ 太田杉山神社(横濱水天宮) - 公式サイト
  2. ^ a b c d 杉山神社 - 神奈川県神社庁
  3. ^ a b c 横濱水天宮について - 太田杉山神社(横濱水天宮)

関連項目

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