星の砂_(小柳ルミ子)とは? わかりやすく解説

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星の砂 (小柳ルミ子)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/11/11 13:39 UTC 版)

星の砂
小柳ルミ子シングル
B面 明日(あした)の海
リリース 1977年4月25日
ジャンル アイドル歌謡曲
レーベル ワーナー・パイオニア
作詞・作曲 作詞:関口宏
作曲:出門英
ゴールド等認定

第10回日本作詞大賞作品賞

チャート最高順位
小柳ルミ子 シングル 年表
思い出にだかれて
(1977年)
星の砂
(1977年)
湖の祈り
(1977年)

星の砂」(ほしのすな)は、1977年4月に発売された小柳ルミ子の22枚目のシングルである。オリコンでは1974年の『冬の駅』以来のBEST10入りとなった。

目次

解説

  • この曲で第28回NHK紅白歌合戦に出場した。
  • 星の砂沖縄琉球諸島(特に西表島竹富島が有名)の海岸に多く分布している。
  • 作詞は俳優の関口宏。作曲はヒデとロザンナ出門英。関口はこの曲で第10回日本作詞大賞の作品賞を受賞している。
    • フジテレビの『火曜ワイドスペシャル(以下、火ワイと略)』で生まれた曲。タレントがオリジナルの曲を作り、プロの歌手が歌い、その出来を競うという番組が1977年の『火ワイ』枠で放送されたが、その時の優勝曲であった。タイトルは「八重山哀歌」、由紀さおりが歌った。それを小柳ルミ子が気に入り、自分の新曲として歌いたいと熱望。タイトルや歌詞を一部変え、シングル発売したものである。
    • しかし、新曲プロモでテレビ番組に出演した際には、出門は前述の内容には一切触れず、「この曲を手掛けるきっかけになったのは、自分達(ヒデとロザンナ)が小柳と同じワーナー・パイオニアに移籍してきたことから何か一緒にやりたい」ことだったと説明した。また出門は楽曲制作の際、曲から先に作るのだが、この曲は関口の詞が先にあって、それに出門が曲を付ける形になったという[1]
  • 発売後1ヶ月余りでオリコンのBEST10に初登場した。1977年の年間第6位となるさだまさし雨やどり」に阻まれて「冬の駅」以来となる1位獲得はならなかったが、年間第13位に輝いた。この曲以降、小柳ルミ子はBEST10から遠去かり、1983年の「お久しぶりね」までなかった。

収録曲

  1. 星の砂(3分18秒)
  2. 明日(あした)の海(3分44秒)

関連項目

脚注

  1. ^ 1977年4月25日放送のフジテレビ系「夜のヒットスタジオ」より。小柳、ヒデとロザンナらに加え、関口が小柳の「ご対面」ゲストとして出演。



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