明姓の由来
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 18:04 UTC 版)
琉球と明との関係は1372年、明の太祖の招諭を、時の中山王察度が応じて使者を派遣したのに始まる。いわゆる冊封体制が成立した。明王朝も琉球国を重視し『明実録』には、明と琉球との交流、琉球国の動向が詳細に記録されている。 のち第二尚氏王朝時代、王府に系図座が創設され 士族が唐名(中国名)を名のるようになった時、第一尚氏嫡流の子孫は明王朝との繋がりの中で、“明姓”を名のったとされている。また、日=てだ(太陽)、月=月しろ(第一尚氏の守護神)とを合わせたものとの伝承もある。
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