徳川米子とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 徳川米子の意味・解説 

徳川米子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/09 13:29 UTC 版)

徳川 米子(とくがわ よねこ、1892年明治25年)3月26日 - 1980年昭和55年)10月10日[1])は、明治から昭和後期の日本の女性。尾張徳川家第19代当主・徳川義親の妻。父は尾張徳川家第18代当主徳川義礼。母は徳川良子

生涯

徳川義礼の長女として生まれる[2]1906年(明治39年)8月、軽井沢越前松平家松平春嶽の四男である錦之丞(徳川義親)と見合いし、1909年(明治42年)に結婚した[要出典]。義親は入婿となり、尾張徳川家の家督を相続した[3]

義親との間に3男3女をもうける。1911年(明治44年)に出産した長男の義知は尾張徳川家の20代当主となる。[要出典]

1980年に死去[1]

脚注

  1. ^ a b 平成新修旧華族家系大成』下巻(霞会館、1996年)p.167
  2. ^ 桐原千文「春季特別展「徳川義親と文化遺産」によせて 徳川義親と蓬左文庫」(PDF)『蓬左』第70号、名古屋市蓬左文庫、2016年4月12日、2-3頁。 
  3. ^ 小田部雄次『徳川義親の十五年戦争』青木書店、1988年、[要ページ番号]



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  徳川米子のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「徳川米子」の関連用語

徳川米子のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



徳川米子のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの徳川米子 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS