弱気が故の矯風事業
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 10:01 UTC 版)
楫子の親戚で徳富蘇峰、蘆花の姪に当たる久布白落実は、楫子没後2年目に楫子の告白・懺悔の文を公表した。それには若い頃書生との間で妙子を宿した過ち、その妙子が母同様の不行跡をなしたことを告白。「婦人矯風会は強きが故に設立したのではなく、弱きが故に、実に弱気が故に人間の行路を少しでも誘惑を減じ、人世を歩み安くするために建てたものです」と懺悔する姿勢で綴られていた。
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