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工藤十三雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/25 01:27 UTC 版)

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工藤十三雄

工藤 十三雄(くどう とさお、1880年明治13年)5月16日[1]1950年昭和25年)12月17日[2])は、衆議院議員政友本党立憲政友会)、ジャーナリスト。

経歴

弘前市出身。東京帝国大学法科大学独法科を中退後、時事新報の記者となった[3]東洋拓殖株式会社嘱託を経て、郷里で陸奥日報社や弘前新聞社の経営にあたった。

1924年大正13年)、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。6期連続当選を果たした。その間、平沼内閣鉄道政務次官を務めた。

1942年(昭和17年)、第21回衆議院議員総選挙では大政翼賛会の推薦を受けたが落選した。戦後、公職追放となる[4]1951年(昭和26年)追放解除[5]

その他、石川島飛行機製作所顧問を務めた[3]

脚注

  1. ^ 衆議院『第四十九回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1924年、21頁。
  2. ^ 『政治家人名事典』
  3. ^ a b 『代議士月旦』p.299
  4. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、一般該当者名簿 293頁。公職追放の該当事項は「推薦議員」。
  5. ^ 『朝日新聞』1951年6月19日朝刊1面。

参考文献

  • 『衆議院要覧(乙)昭和十二年十一月』衆議院事務局、1937年。
  • 大石末吉『普選の勝者 代議士月旦』東京平和新報社出版部、1928年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。



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