川田城とは? わかりやすく解説

川田城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/16 01:40 UTC 版)

川田城(かわだじょう)は、岐阜県各務原市川島河田町にあった室町時代戦国時代日本の城

略歴

康正年間(1450年代)に、尾張国葉栗郡河田村(当時の地名は尾張国河野郷河田村。現愛知県一宮市及び岐阜県各務原市)を支配していた土豪である、川島入道川田雅楽助が築城。城といっても広大な屋敷だったと思われる。

川島入道川田雅楽助は土岐氏に仕え、数々の戦いに参加している。その一方、支配下の農民には養蚕や麦の裏作を奨励し、城内で市を開き、有力者との話し合いの場を設ける等、農業の普及に力を入れていたといわれている。

廃城時期は不明。川島入道川田雅楽助も文献としては尾張志にわずかに登場するのみで、生没年も不明である。

城の名称

川田城という名称も正式でない可能性がある。前述のとおり城主に関する資料もあまりなく、川田城という名も、城主と同じ名というのが不自然であり、当時からの名なのか後世の通称か不明である。地名から河田城小牧・長久手の戦い時に羽柴秀吉が築城した城と同一名)と言われていた可能性も否定できない。

現在

岐阜県道180号松原芋島線沿いにある河田町公民館の敷地内にある、山神神社(通称:河田山の神。享保16年(1731年)創立)が、かつて城内に祭ってあった神祠といわれている。又、この一帯の古い地名は“山神”といい、城の敷地だったと思われる。

関連項目





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「川田城」の関連用語

川田城のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



川田城のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの川田城 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS