小川圭佑とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 小川圭佑の意味・解説 

小川圭佑

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/24 13:08 UTC 版)

小川 圭佑
名前
愛称 KEI(タイ時代)
カタカナ オガワ ケイスケ
ラテン文字 Keisuke Ogawa
基本情報
国籍 日本
生年月日 (1986-09-05) 1986年9月5日(38歳)
出身地 兵庫県伊丹市
身長 180cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム 台中Futuro
ポジション DF / MF
背番号 7
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2009 新潟S
2010 チェンライ・ユナイテッドFC
2011-2012 パタヤ・ユナイテッドFC
2013 FCユールマラ
2013 FKスロボダ・ウジツェ
2014 タイ・ホンダFC
2014 チェンライ・ユナイテッドFC (loan)
2015 PKNS FC
2015-2017 ヤダナボンFC
2017 ニュー・ラディアントSC
2017 香港飛馬足球隊
2018 サバFA
2019- 台中Futuro
1. 国内リーグ戦に限る。2015年3月16日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

小川 圭佑(おがわ けいすけ、1986年9月5日 - )は、兵庫県伊丹市出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダーミッドフィールダー

来歴

奈良育英高校卒業後、阪南大学に進学しサッカー部に入部するも後に退部[1]

その後はサッカー生活から離れ、バックパッカーをなるためアルバイトをしていたが、サッカーを再開したい気持ちが芽生え、インターネットでクラブを探す。その中で見つけたアルビレックス新潟シンガポールに連絡をしたところ、半年後にテスト参加の返信が来る[1]。渡星後合格を果たし、2010年まで同クラブでプレーを続けた。

2013年3月1日、ラトビア1部のFCユールマラに移籍した[2]。3月16日に行われたラトビア・カップ準々決勝のFCダウガヴァ戦にスタメン出場し、デビューした。ヴィルスリーガでは開幕戦から9試合連続でスタメン出場した。

同年夏にセルビア1部FKスロボダ・ウジツェに移籍した[3]。FKスロボダ・ウジツェでは公式戦出場はなかった。また、給料未払いがあったことを明らかにした[4]

2014年2月、タイ3部タイ・ホンダFCに移籍[5]。同年夏に古巣・チェンライ・ユナイテッドFCにローン移籍の後、2015年にマレーシア2部PKNS FCへ移籍した。

所属クラブ

脚注

  1. ^ a b (日本語) パーセントフォースポーツのひと#2 小川圭佑, https://www.youtube.com/watch?v=WpPp2xm5kHM 2022年8月31日閲覧。 
  2. ^ 小川圭祐がラトビア1部チームと契約 元大宮の川辺と同僚に”. スポーツナビ (2013年3月7日). 2014年1月4日閲覧。 (現在閲覧不可)
  3. ^ 移籍しました”. KEISUKE OGAWA (公式ブログ) (2013年8月10日). 2014年1月4日閲覧。
  4. ^ スーペルリーガ第5節&第6節&第7節&第8節”. KEISUKE OGAWA (公式ブログ) (2013年10月6日). 2014年2月4日閲覧。
  5. ^ 報告”. KEISUKE OGAWA (公式ブログ) (2014年1月31日). 2014年2月4日閲覧。

関連項目

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「小川圭佑」の関連用語

小川圭佑のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



小川圭佑のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの小川圭佑 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS