嘉納芳治
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/27 16:51 UTC 版)
嘉納 芳治(かのう よしじ、1921年〈大正10年〉9月1日 - 没年不明)は、日本の実業家。菊正宗酒造元取締役、元監査役[1]。
妻は九代目嘉納治郎右衛門(本嘉納家9代目当主)の五女・周子[1][2]。長男はフジ・メディア・ホールディングス代表取締役会長、関西テレビ放送代表取締役会長などを務めた嘉納修治。
経歴
兵庫県出身[1]。神戸市東灘区在住[1]。灘の酒造家である嘉納家の一門・乾嘉納家出身[3][4]。本嘉納商店(現:菊正宗酒造)取締役を務めた嘉納治朗の長男として生まれる[1][5]。父・治朗は本嘉納家の親戚にあたる嘉納治郎平の四男として生まれ、嘉納百蔵の養子となり本嘉納商店に入社後、嘉納治郎右衛門の片腕として活躍した[4][5]。
1944年(昭和19年)大阪帝国大学工学部醗酵工学科を卒業後、菊正宗酒造に入社[1]。取締役を経て監査役に就任した[1][2]。
人物
脚注
- ^ a b c d e f g h i 『人事興信録 第34版 上』人事興信所、1987年、か-65頁。
- ^ a b “人事興信録 第25版 上”. dl.ndl.go.jp. 人事興信所. p. 59(か之部) (1969年). 2025年1月19日閲覧。
- ^ 中外産業調査会 (1940-1943). “人的事業大系 飲食料工業篇”. dl.ndl.go.jp. p. 43. 2025年1月22日閲覧。
- ^ a b 中外産業調査会 (1940-1943). “人的事業大系 飲食料工業篇”. dl.ndl.go.jp. p. 360. 2025年1月22日閲覧。
- ^ a b 人事興信所 (1943年). “人事興信録 第14版 上”. dl.ndl.go.jp. p. 46(か之部). 2025年1月25日閲覧。
参考文献
- 人事興信所 編『人事興信録 第14版 上』人事興信所、1943年。
- 人事興信所 編『人事興信録 第25版 上』人事興信所、1969年。
- 人事興信所 編『人事興信録 第34版 上』人事興信所、1987年。
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