合併破談後の両行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/12 09:34 UTC 版)
荘内銀は執行役員制の導入とストックオプションの全行員への導入さらに、リテール業務の拡大とインストアブランチの積極展開を掲げ、当面の目標を東証への上場実現を掲げ、役職員以下それに向かって傾注していく体制をとった。2009年に秋田県の地方銀行北都銀行と経営統合し、フィデアホールディングスの傘下行となった。 殖産銀は合併破談の責任をとる為、叶内頭取は引責辞任。専務米沢支店長であった長谷川憲治が後任として昇格。破談による混乱を早期に鎮静化し、当面は自主独立で運営することとなったが、それから5年後、同じ同族経営であり、慶應義塾大学同期・メーカー勤務後入行と、長谷川頭取と共通点も多い澤井誠介頭取が率いる山形しあわせ銀行と経営統合することとなり、きらやか銀行の誕生へと繋がった。
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