全盛期・平野線時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/04 15:18 UTC 版)
「阪堺電気軌道205形電車」の記事における「全盛期・平野線時代」の解説
南海大阪軌道線は車体長13メートルを超える大型車が主流で軌道線車両の中では小型であったことから、特に1960年代後半からはラッシュ時などの多客時以外は予備車的な存在になっていた(1975年の時点では先の連接扉車である2両を含む7両が休車になっていた)。しかし阪堺線と上町線のワンマン化が開始され、逆に廃止が決まった平野線はワンマン化されないことになったため、平野線の末期は他のワンマン化された大型車に代わり、この形式が主力として走ることとなった。同線のさよなら運転も勤めている。
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