中村草田男

現代俳句データベース(人名)

中村草田男

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中村草田男の俳句

あかんぼの舌の強さや飛ぶ飛ぶ雪

あたたかき十一月もすみにけり

あたたかなふたりの吾子を分け通る

そら豆の花の黒き目数しれず

つばくらめ斯くまでならぶことのあり

とらへたる蝶のあがきのにほひかな

はたはたや退路絶たれて道初まる

ひた急ぐ犬に合ひけり木の芽道

ふるさとの春暁にある厠かな

ほととぎす敵は必ず斬るべきもの

みちのくの蚯蚓短し山坂勝ち

むらさきになりゆく墓に詣るのみ

わが背丈以上は空や初雲雀

をみならも涼しきときは遠を見る

オリオンと店の林檎が帰路の栄

万緑の中や吾子の歯生え初むる

世界病むを語りつつ林檎裸となる

乙鳥はまぶしき鳥となりにけり

伸びる肉ちぢまる肉や稼ぐ裸

六月の氷菓一盞の別れかな

六月馬は白菱形を額に帯び

冬すでに路標にまがふ墓一基

冬の水一枝の影も欺かず

冬晴れの晴衣の乳を飲んでをる

冬浜を一川の紺裁ち裂ける

勇気こそ地の塩なれや梅真白

厚餡割ればシクと音して雲の峰

原爆忌いま地に接吻してはならぬ

友もやや表札古りて秋に棲む

吾妻かの三日月ほどの吾子胎すか

咲き切つて薔薇の容を越えけるも

四十路さながら雲多き午後曼珠沙華

墜ち蟷螂だまつて抱腹絶倒せり

壮行や深雪に犬のみ腰をおとし

夕桜あの家この家に琴鳴りて

夕桜城の石崖裾濃なる

夕汽笛一すじ寒しいざ妹へ

夜の蟻迷へるものは弧を描く

大学生おほかた貧し雁帰る

妻二タ夜あらず二タ夜の天の川

妻恋し炎天の岩石もて撃ち

妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る

子のための又夫のための乳房すずし

家を出て手を引かれたる祭かな

富士秋天墓は小さく死は易し

寒星や神の算盤ただひそか

寒鴉啼きて沖には国もなし

少年の見遣るは少女鳥雲に

手の薔薇に蜂来れば我王の如し

旧景が闇を脱ぎゆく大旦

中村草田男の俳句

早乙女や街道の砂利いたがりつつ

晩夏光バットの函に詩を誌す

暁の蜩不義理が三つ四つほど

曼珠沙華落暉も蘂をひろげけり

木葉髪文芸永く欺きぬ

松籟や百日の夏来りけり

枕木を五月真乙女一歩一歩

桜の実紅経てむらさき吾子生る

残雪や「くれなゐの茂吉」逝きしけはひ

毒消し飲むやわが詩多産の夏来る

浮浪児昼寝す「なんでもいいやい知らねえやい」

深雪道来し方行方相似たり

滂沱たる汗のうらなる独り言

炎天の空へ吾妻の女体恋ふ

炎熱や勝利の如き地の明るさ

焼跡に遺る三和土や手毬つく

燭の灯を煙草火としつチエホフ忌

父となりしか蜥蜴とともに立ち止る

狂人にも狡き日のあり日脚伸ぶ

猫の仔の鳴く闇しかと踏み通る

玫瑰や今も沖には未来あり

生れて十日生命が赤し風まぶし

田を植ゑるしづかな音へ出でにけり

町空のつばくらめのみ新しや

白足袋のチラチラとして線路越ゆ

白鳥といふ一巨花を水に置く

百千鳥もつとも烏の声甘ゆ

真直ぐ往けと白痴が指しぬ秋の道

秋の航一大紺円盤の中

稀に書く本名優し苗代田

種蒔ける者の足あと洽しや

空は太初の青さ妻より林檎うく

童話書くセルの父をばよぢのぼる

終生まぶしきもの女人ぞと泉奏づ

耕せばうごき憩へばしづかな土

膝に来て模様に満ちて春着の子

若者には若き死神花柘榴

萬緑の中や吾子の歯生え初むる

葡萄食ふ一語一語の如くにて

蒲公英のかたさや海の日も一輪

虹に謝す妻よりほかに女知らず

蚊の声のひそかなるとき悔いにけり

蚯蚓なくあたりへこごみあるきする

蜥蜴の尾鋼鉄光りや誕生日

蜩のなき代りしははるかかな

蜻蛉行く後ろ姿の大きさよ

蟷螂は馬車に逃げられし馭者のさま

蟾蜍長子家去る由もなし

貝寄風に乗りて帰郷の船迅し

赤んぼの五指がつかみしセルの肩

中村草田男の俳句

起し絵の男をころす女かな

軍隊の近づく音や秋風裡

返り花三年教へし書にはさむ

金剛茅舎朴散れば今も可哀さう

金魚手向けん肉屋の鉤に彼奴を吊り

降る雪や明治は遠くなりにけり

雁渡る菓子と煙草を買ひに出て

雪女郎おそろし父の恋恐ろし

響爽かいただきますといふ言葉

餅焼く火さまざまの恩にそだちたり

香水の香ぞ鉄壁をなせりける

鰯雲個々一切地上にあり

鴨渡る鍵も小さき旅カバン

黒雲から黒鮮かに初燕