ローイ・カンダハールとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ローイ・カンダハールの意味・解説 

ローイ・カンダハール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/08/16 04:39 UTC 版)

Jump to navigation Jump to search

ローイ・カンダハールパシュトー語: لوی کندهار、大カンダハール)は、アフガニスタンの歴史的・文化的地域を指す名称。現代のアフガニスタンにおける、カンダハールヘルマンドファラーウルーズガーンザーブルニームルーズの一部を含める。また、南パシュトゥーン人が多くを占めるパキスタンバローチスターン州北部も含めることがある。

概要

1709年ミール・ワイス・ホータキー英語版によってこの地域は独立し、カンダハールを首都とするホータキー朝が築かれた。1747年にはドゥッラーニー朝アフマド・シャー・ドゥッラーニーによって、同じくカンダハールがアフガン帝国の帝都に定められた[1]

ローイ・カンダハールが指す範囲は、その地域に住む民族の文化や歴史と関係して漠然と定義されている。一部には、この地域を指して「影響のあるカンダハール文化圏」と呼ぶ者もいる[2]。ただ、衣装やターバン、布地の色やパシュトゥー語などの共通項は時にローイ・カンダハールの民族独自のものと位置付けられ、地域文化の統合に影響することがある。例えば、ローイ・カンダハールのパシュトゥーン人はターバンの巻き方や色などから瞬時にローヤ・パクティヤー英語版出身のパシュトゥーン人を見分けることが出来る。同様に、ローヤ・パクティヤーのパシュトゥーン人は特定の刺繍が入ったサルワール・カミーズを見て瞬時にローイ・カンダハールのパシュトゥーン人を見分けることが出来る。この種の複雑な文化的指標は、広く知られている歴史に記載されることは無い。しかし、アフガニスタンやパキスタンのパシュトゥーン人の間では伝統的に受け継がれてきたものである。

居住地

ローイ・カンダハールで最も大きな都市はカンダハールクエッタである。その他、主要都市にはラシュカルガーチャマンカラーチ・ギルジー英語版ファラー英語版タリーンコート英語版ピシーン英語版ジョーブ英語版パンジュワーイー英語版ギリシク英語版バラー・ブルーク英語版ギーザーブ英語版デラーラーム英語版などが挙げられる。

部族

この地域の人口は主にドゥッラーニーカーカル英語版ギルザイの各部族によって構成される。

脚注

  1. ^ The City of Kandahar”. Columbia Encyclopedia. 2011年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年1月9日閲覧。
  2. ^ Loy Kandahar Elders Call On President Ghani”. Radio Television of Afghanistan (2010年10月14日). 2018年7月31日閲覧。



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ローイ・カンダハール」の関連用語

ローイ・カンダハールのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ローイ・カンダハールのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのローイ・カンダハール (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS